哀相になつて來たが、何といつて慰めていゝのかも一寸には解らず、わざとその背後に立つてゐる姉に聲かけて、
「何だ、さも寒む相な風をしてるぢやないか。此方へおいでよ。」
 と、身を片寄せて微笑みながらいふと、同じく微笑んで、例の重い瞼を動かして私を見詰めてゐたが、やがて默つて以前坐つてゐた場所に座をとつた。
「どれ妾はもう寢よう。明朝はお前だちもゆつくり寢《やす》むがいゝよ。」
 と母は立上つて奧へ行つた。お兼もそれを送つて座を立つたので、あとは吾々若いものばかり三人が殘つた。
「兄《あん》さん。」
 と不意に千代は聲かけて、
「蒸汽《じようき》船は大へん苦しいもんだつてが、……誰でも然うなんでせうか?」
「それは勿論人に由るサ、僕なんか一度もまだ醉つたことは無いが……」
 云ひかけて、
「如何するのだ?」
「如何もせんけど……先日《こなひだ》本村《ほんむら》のお春さんが豐後の別府に行つてからそんなに手紙を寄越したから……」
 と何か切《しき》りに思ひ乍《なが》ら云つて居る。
「別府に? 入湯か?」
「イエ、機織の大きな店があつて、其處に……あの人は近頃やつと絹物が織れるやうになつたのだつたが……妾に時々習ひに來よりましたが……」
 談話は切れ/″\の上の空である。で、私は突込んだ。
「行くつもりかい、お前も!」
「イゝ[#「ゝ」はママ]エ!」
 と仰山に驚いて、
「どうして妾が行けますもんけえ!」
 と、つとせき上げて來たと見えて見張つた瞳には既う涙が潮《さ》して居る。
「ウム、大變なことになつたんだつてねえ、どうも……嘸《さ》ぞ……厭やだらう!」
 返事もせずに俯頭《うつむ》いてゐる。派手な新しい浴衣の肩がしよんぼりとして云ひ知らず淋しく見ゆる。まだ幾分酒のせゐが殘つてゐると見えて、襟足のあたりから耳朶《みみたぶ》などほんのりと染つてゐる。
「どうも然し、仕樣がない。全く思ひ切つて斷念《あきらめ》るより仕方がない。然しね、そんな場合になつたからと云つても、自分の心さへ確固《しつかり》して[#「して」は底本では「りして」]ゐたら、また如何とかならうから、そしたら常々お前の言つてたやうに豪くなる時期《とき》が來んとも限らん。第一非常の親孝行なんだから……」
 と言ひかけて、ふと見ると、袂を顏にひしと押當てゝ泣きくづれて居る。
 私はそれを見て、今強ひて作つて云つた慰藉《
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