樣ですね。』
 と妻も食卓にしがみつく樣にしてゐて言つた。
 サテ横濱が氣になる。長谷川も、齋藤も、梅川も、自宅は横濱で、會社は東京だ。
 其處へ『トシヲ』の電報が來た。十二日午後零時三十分、『テツセンダイ』局發だ。
『ギ ンサクキリコブ ジ イヘマルヤケ』
 越えて十三日にまた同文のものが『ゴテンバ』局發で來た。おもふに同君が大事をとつて一は東北方面へ、一は關西方面へ逃げてゆく人に托して同文のものを發したのであつたらう。
 それから續いて追々と各自に無事を知らせる通知が來たが、中に横濱の高梨武雄君からの封書で(前略)以上の人みな無事、唯だ一人金子花城君のみ今以て行衞不明です。
 と云つて來た。そして終《つひ》にこの人だけは永遠に我等の世界の人でなくつた事を、ずつと遲れて二十七日に知る事が出來た。

 豫定した行數を夙うに超過しながら書きたい事は一向に盡きない。いつそ、この十日前後の記事を以てこの變體な日記文を終らうと思ふ。この偉大な事變に對して動かされた我等の心情も實に多大なものがあつた。然し、それはまだ/\ものに書き綴るべき境地にまで澄んでゐない。我等はいまなほ實に不安な動掻の中に迷つて居るのだ。此處には唯だノート代りのこの記事を殘して恐しかつた『彼の時』の思ひ出にするのみである。(九月二十九日)



底本:「若山牧水全集 第七卷」雄鷄社
   1958(昭和33)年11月30日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:柴 武志
校正:林 幸雄
2001年6月20日公開
2005年12月9日修正
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