も砂氣のない拳大の小石ばかりが揃つてゐる。初めは快く歩き出したものゝ、ものゝ一里も歩いて來ると早や草鞋《わらぢ》の裏が痛くなつた。『濱へ出て見ようか』と言ひながら松原を左に拔けて、白々とした荒濱に出て見ると駿河灣の輝きが眼の前にあつた。麗かな日ざしに照らされた海面からは靄とも霞ともつかぬものがいちめんに片靡きに湧き立つて、左手向うに突き出てゐる伊豆半島の根にかけうつすらと棚引いてゐる。それと向ひ合ふ筈の御前崎《おまへざき》のあたりは全く霞み果てゝ影も見えず、僅かに手近の三保の松原が波の光の上に薄墨色に浮んで見える。ちら/\と寄する小波も全くこんな大海の岸であるとは思はれぬ凪である。見てゐる瞳は自づと瞑《と》ざされ吐く呼吸は自づと長く、いつか長々と身體をも横たへたい氣持となる。
また松原の中の小徑に歸つて歩き出したが、桃の花は相變らず其處に美しく見えてゐるが、兎に角に痛い足の裏である。なまなかにいま投げ出して休んだだけ、一層に痛みを感じ出して來た。終《つひ》に我を折つて桃畑の向うに町の家並の見え出したを幸ひにそちらへ向けて松原から出てしまつた。そしてその町の取つ着きから平坦を極めた廣やかな大道を伸び/\として歩き出した。即ち其處は五十三次のうち沼津の次に當る原の宿であつたのだ。
一筋町の細長い其處を離れると、いよ/\廣重模樣の松並木が道の兩側に起つて來た。並木を通して右手眞上には富士、左には今までと反對に桃畑を前にした松原が見えてゐる。道のよさに歩みも早く、いつか鈴川近くなつたが、おほかた田子の浦はこの邊に當ると聞いてゐたので道を左に折れ、この邊よほど木立の疎くなつた松原を拔けて濱へ出て見た。濱の砂は先程休んだあたりの小石原と違つてこまかい眞砂であつた。そして濱はずつと廣くなつてつぎ/\に低い砂丘が起伏して居る。松原つづきの小松が極めてとび/\にそれらの砂丘に散らばり、所によつてはそれとも見えぬ痩麥が矢張り畝《うね》をなして植ゑられてゐた。一帶の感じが何となく荒涼としてゐて、田子の浦といふ物優しい名の聯想とは全く異つてゐるのを感じた。振向くと見馴れた富士の姿も沼津あたりとは違つて距離も近く高さも高く仰がるゝのであつた。傍へに富士川があり、前にこの山を仰ぎ背後に駿河灣を置いた眺めは太古にあつては一層雄大なものであつたに相違ないと思はれた。
思はず長い時間を其處で費
前へ
次へ
全7ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング