下げ終わり]
常陸霞が浦にて。
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苫蔭にひそみつつ見る雨の日の浪逆《なさか》の浦はかき煙らへり
雨けぶる浦をはるけみひとつゆくこれの小舟に寄る浪聞ゆ
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平常爲事をしなれてゐる室内の大きなデスクが時々いやになつて、別に小さな卓を作り、それを廊下に持ち出して物を書く癖を私は持つて居る。火鉢の要らなくなつた昨日今日の季候のころ、わけてもこれが好ましい。
廊下に窓があり、窓には近く迫つて四五本の木立が茂つてゐる。なかの楓の花はいつの間にか實になつた。もう二三日もすればこの鳥の翼に似た小さな實にうすい紅ゐがさして來るのであらうが、今日あたりまだ眞白のまゝでゐる。その實に葉に枝や幹に、雨がしとしと降つてゐる。昨日から降つてゐるのだが、なか/\止みさうにない。
楓の根がたの青苔のうへをば小さい辯慶蟹の子が二疋で、さつきから久しいこと遊んでゐる。
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ゆきあひてけはひをかしく立ち向ひやがて別れてゆく子蟹かな
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底本:「若山牧水全集 第七卷」雄鷄社
1958(昭和33)年11月30日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:柴 武志
校正:林 幸雄
2001年9月7日公開
2005年11月12日修正
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