顏から火が出たよ、其處へもつて來ていきなり歸るなんか言ひ出すもんだからあんな騷ぎになつたのだよ。』
 と言つて苦笑した。
 私もいつか竿をあげて聽いてゐた。島に來てから見るともなく、其處の彼等の生活がいかに簡易で、靜かであるかを見てゐながら、多少それを羨む氣持が動いてゐたところなので、一層友人のこの勸告が身にしみた。同じく苦笑しながら、
『ウム、難有《ありがた》う[#「難有《ありがた》う」は底本では「雜有《ありがた》う」]、まア考へておかう。』
 と言つてその日は濟んだ。が、それからといふもの、例の空中の宿直室に在つても岩かげの事務室にゐても、釣絲を垂れながらも、私の心はひどくおちつきを失つてゐた。燈臺守になるならぬの考へが始終身體につき纒《まと》うてゐたのである。なつての後、いかに其處により善く生活してゆくか、本を買ふ、讀書をする、遠慮なく眼を瞑《と》ぢて考へ且つ作る、さうした樂しい空想もまた幾度となく心の中に來て宿つた。
 が、何としても今までのすべてと別れて其處に籠る事は、寂しかつた。よしそれを一時の囘避期準備期として考へても、とてもその寂しさに耐へ得られさうになかつた。その寂し
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