に叫ぶ船子等よ
大うねり傾きにつつ落つる時わが舟も魚とななめなりけり
次のうねりはわれの帆よりも高々とそびえて黒くうねり寄るなり
はたはたと濡帆はためき大つぶのしぶきとび來て向かむすべなし
やとさけぶ船子《かこ》の聲にしおどろけばうなづら黒み風來るなり
舳なるちひさき一帆裂くるばかり風をはらみて浪を縫ふなり
色赤くあらはれやがて浪に消ゆる沖邊の岩を見て走るなり
かくれたるあらはれにたる赤岩に生物の如く浪むらがれり
友が守る燈臺はあはれわだなかの眞はだかの岩に白く立ち居り
むら立てる赤き岩々とびこえて走せ寄る友に先づ胸せまる
あはれ淋しく顏もなりしか先つ日の友にあらぬはもとよりなれど
別れゐし永き時間も見ゆるごとくさびしく友の顏に見入りぬ
たづさへしわがおくりもの色燃えしダリヤの花はまだ枯れずあり
ダリヤの花につぎて船子等がとりいだす重きは酒ぞ友よこぼすな
歩みかねわが下駄ぬげばいそいそと友は草履をわれに履かする
友よ先づわれの言葉のすくなきをとがむな心なにかさびしきに
相逢ひて言葉すくなき友だちの二人ならびて登る斷崖《きりぎし》
石づくり角なる部屋にただひとつ窓あり友と妻とすまへる
その窓にわがたづさへし花を活け客をよろこぶその若き妻
語らむにあまり久しく別れゐし我等なりけり先づ酒酌まむ
友醉はずわれまた醉はずいとまなくさかづきかはし心をあたたむ
石室《いはむろ》のちひさき窓にあまり濃く晝のあを空うつりたるかな
[#ここで字下げ終わり]
 これらの歌は今から七八年前、伊豆下田港の沖合に在る神子《みこ》元島《もとじま》の燈臺に燈臺守をしてゐる舊友を訪ねて行つた時に詠んだものである。
 神子元島は島とは云ふものゝ、あの附近の海に散在してゐる岩礁の中の大きなものであつた。赤錆びた一つの岩塊が鋭く浪の中から起つて立つてゐるにすぎなかつた。島には一握の土とてもなく、草も木も生えてはゐなかつた。其處の一番の高みに白い石造の燈臺が聳え、燈臺より一寸下つたところに、岩を刳《く》り拔いた樣にして燈臺守の住宅が同じく石造で出來てゐた。暴風雨の折など、ともすると海の大きなうねりがその島全體を呑むことがあるので、その怒濤の中に沈んでも壞れぬ樣にと、たゞ頑丈一方に出來てゐた。謂はば一つの岩窟であるその住宅は、中が四間か五間かにくぎられてゐた。階級は一等燈臺で、燈臺守の定員は四人とかいふのであ
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