地と云つても、ほんの手で掬《すく》ふほどの廣さでM――氏に言はるゝままに注意して見るとその平地が小さく三段に區分されてゐるのが眼についた。それ/″\の段の高さおよそ三四尺づつで、茂つた草を掻き分けて見ると僅かに其處に石垣か何かの跡らしいものが見分けられた。段々になつた一番下の所に警護の武士の詰所があり、二番目が先づお附の人の居た場所、一番上の狹い所が恐らく上皇御自身の御座所ででもあつたらう、といふM――老人の解釋であつた。とすると、御座所の御部屋の廣さは僅かに現今の四疊半敷にも足りない程度のものであつたに相違ないのである。そして、一番下の警護の者の詰所から十間ほどの下には、黒い岩が露はれて波がかすかに寄せてゐた。あたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]しても嶮しい山の傾斜のみで、此處のほかには一軒の家すら建てらるべき平地が見當らない。同じ島のうちでも、全然家とか村とかいふものから引離された、斯うした所を選んで御座所を作つたものと想像せらるゝのであつた。斯ういふ窮屈な寂しい所に永年流されておゐでになつて、やがてまた四國へ移され、其處で上皇はおかくれになつたのだつたといふ。
其處から路もない磯づたひを歩いて入江に沿うた一つの村に出た。玉積の浦というた。其處を右に切れて田圃を拔けるとまた一つ弓なりに彎曲した穩かな入江があり、廣々とした白砂の濱を際どつて一列の大きな松の並木が並び、松の蔭に四五軒の漁師小屋があつた。其處が名にふさはしい琴彈《ことひき》の濱といふのであつた。
丁度、晝前の網を曳きあげたところであつたが、一疋の鯛もかゝつてゐなかつた。次の網は午後の三四時の頃だといふ。途方に暮れて暫らく松の蔭に坐つてゐたが、やがてM――老人は急に立ち上つて漁師共の寄つてゐる小屋へ出かけて行つた。そしてにこ/\と笑ひながら歸つて來た。
『えゝことがある、今に仰山な鯛を見せてあげますぞ。』
老人からこつそりとわけを聞いてI――君も踊り上つて喜んだ。そして時計を出して見ながら、
『早う來んかなう。』
などと幾度となく繰返して私の顏と沖の方とをかたみがはりに眺めて笑つてゐた。その間に老人は一人の漁師を走らせて酒や酢醤油をとり寄せた。
程なく右手に突き出た岬のはなの沖合に何やら大きな旗をたてた一艘の發動機船の姿が見えた。
『來た/\。』
さう叫びながら漁師たちは惶《
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