くのである。
 さうなつた草鞋を捨てる時がまたあはれである。いかにも此處まで道づれになつて來た友人にでも別れる樣なうら淋しい離別の心が湧く。
『では、左樣なら!』
 よくさう聲に出して言ひながら私はその古草鞋を道ばたの草むらの中に捨てる。獨り旅の時はことにさうである。
 私は九文半の足袋を穿く。さうした足に合ふ樣に小さな草鞋が田舍には極めて少ないだけに(都會には大小殆んど無くなつてゐるし)一層さうして捨て惜しむのかも知れない。
 で、これはよささうな草鞋だと見ると二三足一度に買つて、あとの一二足をば幾日となく腰に結びつけて歩くのである。もつともこれは幾日とない野越え山越えの旅の時の話であるが。

 さうした旅をツイ此間私はやつて來た。
 富士の裾野の一部を通つて、所謂《いはゆる》五湖を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り、甲府の盆地に出で、汽車で富士見高原に在る小淵澤驛までゆき、其處から念場が原といふ廣い/\原にかゝつた。八ヶ岳の表の裾野に當るものでよく人のいふ富士見高原なども謂《い》はゞこの一部をなすものかも知れぬ。八里四方の廣さがあると土地の人は言つてゐた。その原を通り越すと今度は信州路になつて野邊山が原といふのに入つた。これは、同じ八ヶ岳の裏の裾野をなすもので、同じく廣茫たる大原野である。富士の裾野の大野原と呼ばるゝあたりや淺間の裏の六里が原あたりの、一面に萱《かや》や芒《すすき》のなびいてゐるのと違つて、八ヶ岳の裾野は裏表とも多く落葉松《からまつ》の林や、白樺の森や、名も知らぬ灌木林などで埋つてゐるので見た所いかにも荒涼としてゐる。丁度樹木の葉といふ葉の落ちつくした頃であつたので、一層物寂びた眺めをしてゐた。
 野邊山が原の中に在る松原湖といふ小さな湖の岸の宿に二日ほど休んだが、一日は物すごい木枯《こがらし》であつた。あゝした烈しい木枯は矢張りあゝした山の原でなくては見られぬと私は思つた。其處から千曲川《ちくまがは》に沿うて下り、御牧が原に行つた。この高原は淺間の裾野と八ヶ岳の裾野との中間に位する樣な位置に在り、四方に窪地を持つて殆んど孤立した樣な高原となつて居る。私は曾つて小諸町からこの原を横切らうとして道に迷ひ、まる一日松の林や草むらの間をうろ/\してゐた事があつた。
 其處から引返して再び千曲川に沿うて溯《さかのぼ》り、終《つひ》にその上流、と
前へ 次へ
全10ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング