を通つた時斜めに白い脚をひいて驟雨がその峡にかゝつてゐた。
汽車から見た渓が次ぎ/\と思ひ出さるる。越後から信濃へ越えようとする時にみた渓、その日は雨近い風が山腹を吹き靡けて、深い茂みの葛の葉が乱れに乱れてゐた。肥後から大隅の国境へかからうとする時、その時は冬の真中で、枯木立のまばらな傾斜の蔭に氷つたやうに流れてゐた。大きな岩のみ多い渓であつたとおもふ。
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おしなべて汽車のうちさへしめやかになりゆくものか渓見えそめぬ
たけながく引きてしらじら降る雨の峡《かひ》の片山に汽車はかかれり
いづかたへ流るる瀬々かしらじらと見えゐてとほき峡の細渓
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秋の、よく晴れた日であつた。好ましくない用事を抱へて私は朝早くから街の方へ出て行つた。幸ひに訪ぬる先の主人が留守であつた。ほつかりした気になつたその帰り路、池袋停車場へ廻つて其処から出る武蔵野線の汽車に乗つてしまつた。広々した野原へ出て、おもふさまその日の日光を身に浴びたかつたからである。一度途中の駅へおりたのであつたが、其処等の野原を少し歩いてゐるうちに野末に近くみえてをる低い山の姿をみると是非その麓まで行き度くなり、次の汽車を待つてその線路の終点駅|飯能《はんのう》まで行つた。着いた時はもう日暮で、引き返すとすると非常に惶《あわただ》しい気持でその日の終列車に乗らねばならなかつた。それに何といふ事なく疲れてもゐたので、余り気持のよくない乾き切つたやうな宿場町の其処にたうとう泊つてしまつた。運悪くその宿屋に繭買ともみゆる下等な商人共が泊り合せてゐて折角いゝ気持で出かけて来た静かな心をさん/″\に荒らされてしまつた。不愉快な気持で翌朝早く起きて飯の前を散歩に出た。漸く人の起き出た町をそのはづれまで歩いて行つて私は思ひもかけぬ清らかな渓流を見出した。飯能《はんのう》と云へば野原のはての、低い丘の蔭にある宿場だとのみ考へてゐたので、其処にさうした見事な渓が流れてゐやうなどゝは夢にも思はなかつたのである。少なからず驚いた私はあわてながらその渓に沿うて少しばかり歩いて行つた。真白な砂、洗はれた巌、その間を澄み徹つた水が浅く深く流れてゐる。昨夜来の不快をも悉く忘れ果て、急いで宿屋へ帰つて朝飯をしまふなり私はまたすぐ引き返して、すつかり落ちついた心になり、その渓に沿ひながら山際の路を上つて行
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