の息子とかで、家はかなり大きな店らしく、その手紙と共に大勢の追手が出て、その一隊が高野からあと/\と辿つて今日一度この山へ登つて來、諸所を調べた末一度下りて行つたが、驛前の宿屋で今朝の話を聞いて夕方また登つて來たのだ相である。
「旦那樣が御酒をお上りになつてる時、其處の襖の間から覗いて行つたのですよ。」
 といふ。
「兎に角ひどい目に會つたものだ。」
 と笑へば、
「何も慾と道づれですからネ。」
 といふ。
「え、……?」
 私がその言葉を不審がると、
「アラ、御存じないのですか、その人には五十圓の懸賞がついてゐるのですよ。」

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末ちさく落ちゆく奈智の大瀧のそのすゑつかたに湧ける霧雲
白雲のかかればひびきうちそひて瀧ぞとどろくその雲がくり
とどろ/\落ち來る瀧をあふぎつつこころ寒けくなりにけるかも
まなかひに奈智の大瀧かかれどもこころうつけてよそごとを思ふ
暮れゆけば墨のいろなす群山の折り合へる奧にその瀧かかる
夕闇の宿屋の欄干《てすり》いつしかに雨に濡れをり瀧見むと凭れば
起き出でて見る朝山にしめやかに小雨降りゐて瀧の眞白さ
朝凪の五百重《いほへ》の山の靜けきにかかりて響く奈智の大瀧
雲のゆき速かなればおどろきて雲を見てゐき瀧のうへの雲を
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 その翌日、山を降りて再び勝浦に出た。そしてその夜志摩の鳥羽に渡るべく汽船の待合所に行つて居ると、同じく汽船を待つらしい人で眼の合ふごとにお辭儀をする一人の男が居る。見知らぬ人なので、此處でもまた誰かと間違へてゐると思ひながら、やがて汽船に乘り込むとその人と同室になつた。船が港を出離れた頃、その人は酒の壜を提げていかにもきまりの惡さうなお辭儀をしい/\私の許へやつて來た。
 その人が、昨日の夕方、奈智の宿屋で襖の間から私を覗いて行つた人であつた。



底本:「若山牧水全集 第五卷」雄鷄社
   1958(昭和33)年8月30日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:kamille
校正:林 幸雄
2004年9月25日作成
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