があるのださうだが、いかにもそれらしい心を語る花である。矢張り小石川の植物園の温室から向うに入つた樟の木の蔭、立ち竝んだくわりんの木の間にまじつて一本咲いてゐた姿を思ひ出す。
枝垂れて咲く花の中では枝垂櫻も私の好きな一つである。駿河灣の奧、靜浦から江の浦に續く入江の岸に三津《みと》といふ漁村があり、其處の海に臨んだ高みに何とかいふ古い寺がある。その門のところに相對して立つた二本の巨大な枝垂櫻がある。五六年前に見附けてから毎年私は見に行つた。昨年であつた、二抱へ三抱への大きな木のめぐりにこまかに垂れ下つた枝のしげみにいつもはしつとりと咲き匂つてゐる筈のうす紅いろの花が、その時に限つて甚だ少く、妙にさびしい氣がした。が、そのことを其處の僧に言ふと、僧は苦笑しながら、今年はどうしたのかこの裏山から奧にかけて鷽《うそ》の鳥が誠に多く、みな彼等に花の蕾をたべられてしまひましたといふ。へヱえ、鷽は櫻の蕾をたべますかと訊くと、えゝもう大好物ですとのことであつた。
底本:「若山牧水全集第八巻」雄鶏社
1958(昭和33)年9月30日初版1刷
入力:柴武志
校正:小林繁雄
2001年2月3日公開
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