言つたのだが、妾《わたし》はそれよりも自宅《うち》で寢て居る方がいいとか言つて終《つひ》に行かなかつた。二三ヶ月の間に町内の八百屋と肴屋とに出る外細君の外出姿を自分等は未だ曾て見かけたことがないのである。
であるから、家内に大した風波の起らう筈もないが、家庭らしい温みも到底見出し得ない。良人に對してはたゞ盲從一方、口答へ一つしたこともなければ意見の一つ言つたこともない。兩人《ふたり》の子供に對してさへ殆んど母親らしい愛情を有つて居るとは思へぬ。
曾て姉妹《きやうだい》とも同時に流行の麻疹《はしか》に罹つたことがある。最初は非常の熱で、食事も何も進まなかつた。その當時の或る夜自分は十時頃でもあつたか外出先から歸つて來た。所が、しきりに子供が泣いて居る。それも病體ではあるしよほど久しく泣いてゐたものと見えその聲もすつかり勞れ切つて呻吟《うめ》くやうになつてゐた。兩人《ふたり》の病人を殘して夫婦とも何處へ行つたのだらうと一度昇りかけた階子段《はしごだん》から降りて子供の寢てをる室《へや》を窺《のぞ》いて見ると、驚くべし細君はその子供の泣く枕上に坐つてせつせ[#「せつせ」に傍点]と白河夜舟
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