てそれらの根がたに堆く積つて居る落葉を見れば、なるほど見馴れた楢の葉であり、山毛欅の葉であつた。
「これが橡《とち》、あれが桂、惡《あく》ダラ、澤胡桃《さはぐるみ》、アサヒ、ハナ、ウリノ木……。」
 事ごとに眼を見張る私を笑ひながら、初め不氣味な男だと思つた案内人は行く/\種々の樹木の名を倦みもせずに教へて呉れた。それから不思議な樹木の悉くが落葉しはてた中に、をり/\輝くばかりの楓の老木の紅葉してゐるのを見た。おほかたはもう散り果てゝゐるのであるが、極めて稀にさうした楓が、白茶けた他の枯木立の中に立混つてゐるのであつた。
 そして眼を擧げて見ると澤を圍む遠近の山の山腹は殆んど漆黒色に見ゆるばかり眞黒に茂り入つた黒木の山であつた。常磐木の森であつた。
「樅《もみ》、栂《つが》、檜、唐繪《たうび》、黒檜《くろび》、……、……。」
 と案内人はそれらの森の木を數へた。それらの峰の立並んだ中に唯だ一つ白々と岩の穗を見て聳えてゐるのはまさしく白根火山の頂上であらねばならなかつた。
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下草の笹のしげみの光りゐてならび寒けき冬木立かも
あきらけく日のさしとほる冬木立木々とりどり
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