。久しぶりの千曲《ちくま》川はその林のはづれの崖の眞下に相も變らず青く湛へて流れてゐた。川上にも川下にも眞白な瀬を立てながら。
昨日から一緒になつてゐるこの土地のM―君はこの懷古園の中に自分の家を新築してゐた。そして招かれて其處でお茶代りの酒を馳走になつた。杯を持ちながらの話のなかに、私が一度二度とこの小諸に來る樣になつてから知り合ひになつた友達四人のうち、殘つてゐるのはこのM―君一人で、あと三人はみなもう故人になつてゐるといふ事が語り出されて今更にお互ひ顏が見合はされた。ことにそのなかの井部李花君に就いて私は斯ういふ話をした。私がこちらに來る四五日前、一晩東海道國府津の驛前の宿屋に泊つた。宿屋の名は蔦屋と云つた。聞いた樣な名だと、幾度か考へ出したのは、數年前その蔦屋に來てゐて井部君は死んだのであつた。それこれの話の末、我等はその故人の生家が土地の料理屋であるのを幸ひ、其處に行つて晝飯を喰べようといふことになつた。
思ひ出深いその家を出たのはもう夕方であつた。驛で土地のM―君と松本から來てゐたT―君とに別れ、あとの五人は更に私の汽車に乘つてしまつた。そして沓掛驛下車、二十町ほど歩い
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