ちだつてそんな奴ばかりでしたよ、長距離電話の利く處に行つていたんぢやア入湯の氣持はせぬ、朝晩は何だ彼だとかゝつて來てうるさくて仕樣がない、なんて。」
「とにかく幻滅だつた、僕は四萬と聞くとずつと溪間の、靜かなおちついた處とばかり思つてゐたんだが……ソレ僕の友人のS―ネ、あれがこの吾妻郡の生れなんだ、だから彼からもよくその樣に聞いてゐたし……、惜しい事をした。」
路には霜が深かつた。峰から辷つた朝日の光が溪間の紅葉に映つて、次第にまた濁りのない旅心地になつて來た。そして石を投げて辛うじて犬をば追ひ返した。不思議さうに立つて見てゐたが、やがて尾を垂れて歸つて行つた。
十一時前中之條着、折よく電車の出る處だつたので直ぐ乘車、日に輝いた吾妻川に沿うて走る。この川は數日前に嬬戀《つまこひ》村の宿屋の窓から雨の中に佗しく眺めた溪流のすゑであるのだ。澁川に正午に着いた。東京行沼田行とそれ/″\の時間を調べておいて驛前の小料理屋に入つた。此處で別れてK―君は東京へ歸り私は沼田の方へ入り込むのである。
看板に出てゐた川魚は何も無かつた。鷄をとり、うどんをとつて別杯を擧げた。輕井澤での不圖した言葉が
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