にきめて、晝飯を終るとすぐまた草鞋を穿いた。
 私は此處で順序として四萬温泉の事を書かねばならぬ事を不快におもふ。いかにも不快な印象を其處の温泉宿から受けたからである。我等の入つて行つたのは、といふより馬車から降りるとすぐ其處に立つてゐた二人の男に誘はれて行つたのは田村旅館といふのであつた。馬車から降りた道を眞直ぐに入つてゆく宏大な構への家であつた。
 とろ/\と登つてやがてその庭らしい處へ着くと一人の宿屋の男は訊いた。
「ヱヽ、どの位ゐの御滯在の御豫定でいらつしやいますか。」
「いゝや、一泊だ、初めてゞ、見物に來たのだ。」
 と答へると彼等はにたり[#「にたり」に傍点]と笑つて顏を見合せた。そしてその男はいま一人の男に馬車から降りた時強ひて私の手から受取つて來た小荷物を押しつけながら早口に言つた。
「一泊だとよ、何の何番に御案内しな。」
 さう言ひ捨てゝおいて今一組の商人態の二人連に同じ樣な事を訊き、滯在と聞くや小腰をかゞめて向つて左手の溪に面した方の新しい建築へ連れて行つた。
 我等と共に殘された一人の男はまざ/\と當惑と苦笑とを顏に表して立つてゐたが、
「ではこちらへ。」
 と我
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