。昨日今日の雨で、枝の二三本はおも/\と地についてしまつた。裏返つた葉の白みに雨のかゝつてゐるのも美しい。
 ゆすらうめ。木も花も實も、可憐なものである。これにも深い思ひ出がある。部屋の掃除をするとかで、涼しい縁側に暫らく母の床の移されてゐた間に不用意に私は生れたのであつたさうだ。縁さきに見ごとなゆすらうめの木があり、ぎつしりなつた實の色づいてゐるのを見てゐるうちに不意にお前は生れたのだ、と母はよくその縁さきの美しい木《こ》の實《み》の熟れるのを見ては私に語つた。子供心に私はそのゆすらうめが自分の友だちでゝもある樣な氣がしてならなかつた。一昨年、何年振かで歸つてみると故郷のこの木は枯れてゐた。それこれで、特に氣を使つて植ゑつけたゆすらうめである。眼にもたたぬ、まだほんの小さい木で、それでも五つぶ六つぶの實がなつて、いま少しづつ色づくところである。この木をばもう二三本集めるつもりである。(五月三十一日、早曉擱筆)



底本:「若山牧水全集第八巻」雄鶏社
   1958(昭和33)年9月30日初版1刷
入力:柴武志
校正:小林繁雄
2001年2月3日公開
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