だよかったのであるが、更に更に、身体は小さく縮《ちぢ》まっていった。私はキャラメルの箱に蹴つまずいて、向う脛《ずね》をすりむいた。馬鹿馬鹿しいッたらなかった。そのうちに、私は不思議なものを発見した。それは一匹の豚《ぶた》ほどもある怪物が、私の方をじっと見て、いまにも飛びかかりそうに睨《にら》んでいるのだ。
「なにものだろう!」
私は首を傾けた。そんな動物がこの部屋に居るとは、一向思っていなかったのだ。
しかしよく見ると、その怪物は大きな翅《はね》があった。鏡のような眼があった。鉄骨のような肢《あし》があって、それに兵士の剣のような鋭い毛がところきらわず生えていた。私はそのときやっとのことで、その怪物の正体に気がついた。
「ああ、こいつは、私の先刻《さっき》殺した蠅の仔なのだ」
仔蠅にしては、何という大きな巨獣《きょじゅう》(?)になったのであろうか。
その恐ろしい仔蠅は、しずしずと私の方に躙《にじ》りよってきた。眼玉が探照灯《たんしょうとう》のようにクルクルと廻転した。地鳴りのような怪音が、その翅のあたりから聞えてきた。蓮池《はすいけ》のような口吻《こうふん》が、醜くゆがむと共に、異臭のある粘液がタラタラと垂《た》れた。
「ぎゃーッ」
私の頭の上から、そのムカムカする蓮池《はすいけ》が逆さまになって降って来たのだ。私の横腹は、銃剣のような蠅の爪《つめ》でプスリと刺しとおされた。
「ぎゃーッ。――」
そこで私は何にも判らなくなってしまった。その仔蠅に食われたことだけ判っていた。不思議にも、何時《いつ》までも何時《いつ》までも記憶の中にハッキリ凍りついて残っていた。
底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「ぷろふいる」
1934(昭和9)年2月号〜9月号
入力:tatsuki
校正:花田泰治郎
2005年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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