もう扉を叩かんようにお頼み申しまっせ。蠅男が来たのか思うて、吃驚《びっくり》しますがな」といって総一郎は言葉を切ったが、また慌てて声をついで、「――それからあのウ、池谷与之助《いけたによのすけ》は帰って来ましたやろか。そこにいまへんか」
「ああ池谷はんだっか。さあ――」と署長は後をふりかえって、警官の返事を求めたあとで、「どこやら行ってしもうたそうや。うちに居らしまへんぜ」
「ああそうでっか。おおきに。――そんならこれで喋るのんはお仕舞いにしまっせ」
 帆村は、さっきからしきりと両人の扉ごしの会話に耳を傾けていたが、このとき首を左右に振って、
「――喋るのはお仕舞いにしまっせ、か。これが永遠の喋り仕舞いとなるという意味かしら。ホイこれは良くない卦《け》だて」
 といって、大きな唇をグッとへ[#「へ」に傍点]の字に曲げた。


   天井裏の怪音?


「あれはなんだネ、池谷与之助てえのは」
 と、検事が署長にたずねた。
「その池谷与之助ですがな。さっき怪しい奴が居るいうてお知らせしましたのんは。夜になって、この邸にやってきよりましたが、主人の室へズカズカ入ったり、令嬢糸子さんを隅へ引張
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