後には、その穴がポッカリと四角形に明いていたのであった。紙はなにか鋭利な刃物でもって、穴の形なりに三方を切り裂かれ、一方の縁でもってダラリと天井から下っていた。これは一体何を意味するのであろうか。
その穴は一升|桝《ます》ぐらいの四角い穴だったから、そこから普通の人間は出入することは出来ない。小さい猿なら入れぬこともなかったが、よしや猿が入ってきたとしても、猿がよく被害者総一郎の頭に鋭い兇器をつきこんだり、それから二間も上にある綱を結んで体重二十貫に近い彼を吊り下げることができるであろうか。これはいずれも全く出来ない相談である。猿が入ってきても何にもならない。
どうやら、これは入口のない部屋の殺人ということになる。しかも犯人は総一郎を高さが二尺あまりの卓子にのぼって吊り下げ、床上二間のところに綱の結び目を作ったとすれば、腕が頭の上に二尺ちかく伸びたと考えたにしても、その犯人の背丈は、二間すなわち十二尺から四尺を引いてまず八尺の身長をもっていると見なければならない。変な話であるが、勘定からはどうしてもそうなるのである。しかもこの八尺の怪物が入口から這入《はい》ってきたのでないとすると、まるで煙のようにこの部屋に忍びこんだということになる。
このとき、どうしても気になるのは、貼りつけてあった紙を切りとって、一升桝ぐらいの四角な穴を明けていったらしい犯人の思惑だった。この穴からどうしたというのだろう。もし八尺の怪人間がいたとしたら、このような小さい穴からは、彼の腕一本が通るにしても、彼の脚は腿のところで閊《つか》えてしまって、とても股のところまでは通るまい。
「――これは考えれば考えるほど、容易ならぬ事件だぞ」
と、帆村探偵は心の中で非常に大きい駭《おどろ》きを持った。――密室に煙のように出入することの出来る背丈八尺の怪物!
「蠅男」を勘定から出すと、イヤどうも何といってよいか分らぬ恐ろしい妖怪変化となる。果してこんな恐ろしい「蠅男」なるものが、文化|華《はな》と咲く一千九百三十七年に住んでいるのであろうか。
帆村は、彼が糸子の傍に佇立《ちょりつ》していることさえ忘れて、彼のみが知る恐ろしさに唯《ただ》、呆然《ぼうぜん》としていた。
宝塚の一銭活動写真
それから二日のちのことだった。帆村荘六はただひとりで、宝塚の新温泉附近を歩いていた。
空は珍
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