出ているに違いない!)
臭気の源《みなもと》は案外近いところにある。もしそれが遠いところにあるものなれば、臭気は十分ひろがっていて、どこで嗅いでも同じ程度の臭気しかしない筈だった。だから彼は、この場合、臭気の源を程近い所と推定したのだった。
では近いとすれば、このような臭気を一体何処から出しているのだろう?
帆村は再び踵《きびす》をかえして、臭気が一番ひどく感ぜられた地区の方へ歩いていった。それは丁度或る町角になっていた。彼はそこに突立ったまま、しばらく四囲《あたり》を見まわしていたが、やがてポンと手をうった。
「――おお、あすこにいいものがあった。あれだ、あれだ」
そういった帆村の両眼は、人家の屋根の上をつきぬいてニョッキリ聳《そび》えたっている一つの消防派出所の大櫓《おおやぐら》にピンづけになっていた。
あの半鐘櫓《はんしょうやぐら》は、そもいかなる秘密を語ろうとはする?
灰色の奇人館
「オーイ君、なにか臭くはないかア」
と、帆村は櫓の下から、上を向いて叫んだ。
上では、丹前に宿屋の帯をしめた若い男が、櫓下でなにか喚《わめ》きたてているのに気がついた。といって彼は当番で見張り中の消防手なのだから、下りるわけにも行かない。そこでおいでおいでをして、梯子を上ってこいという意味の合図をした。
「よオし、ではいま上る――」
帆村荘六は、そこで尻端折《しりはしょ》りをして、冷い鉄梯子《てつばしご》につかまった。そして下駄をはいたまま、エッチラオッチラ上にのぼっていった。上にのぼるにつれ、すこし風が出てきて、彼は剃刀《かみそり》で撫でられるような冷さを頬に感じた。
「――なんですねン、下からえらい喚《わめ》いていてだしたが」
と、制服の外套の襟《えり》で頤《あご》を深く埋《うず》めた四十男の消防手が訊《き》いた。彼は帆村が下駄をはいて上ってきたのに、すこし呆《あき》れている風だった。
「おお、このへんな臭いだ。ここでもよく臭いますね。この臭いはいつから臭っていましたか」
「ああこの怪ったいな臭いですかいな。これ昨夜《ゆうべ》からしてましたがな。さよう、十時ごろでしたな。おう今、えらいプンプンしますな」
「そうですか。昨夜の十時ごろからですか」と帆村は肯《うなず》いて、今はもう八時だから丁度十時間経ったわけだなと思った。
「一体どの辺から匂って
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