目に見えていた。彼は全力を挙げて、この正体の知れぬ殺人魔と闘う決心をしたのであった。しかし事実、彼はいくぶん焦りすぎているようであった。
「ああ、そうかね」村松検事はそういってジロリと眼玉を動かした。「じゃ、そうし給え。――」
「じゃあ、そうします。――オイ、二、三人、一緒に行くのやぜ」
村松検事は、正木署長たちがドヤドヤと出てゆく後姿を見送りながら、帆村探偵の方に声をかけた。
「オイ君。君は、ああいうチャンバラを見物にゆく趣味はないのかネ」と、正木署長の一行についてゆかないのかを暗《あん》に尋ねた。
帆村は、寝衣《ねまき》の上に警官のオーバーという例の異様な風体で、さっきから二枚の脅迫文をしきりと見較べていた。
「チャンバラはぜひ見たいと思うのですが、僕は頭脳《あたま》が悪いので、そういうときにまず映画台本《シナリオ》をよく読んでおくことにしているんでしてネ」
「ほう、君の手に持っているのは、映画台本なのかネ」検事はパイプを口に咥《くわ》えたまま、帆村の方に近よった。
「ええ、こいつは、暗号で書いてある映画台本ですよ」と帆村は二枚の脅迫文を指し、「どうです。第二の脅迫状には、宛名が玉屋総一郎へと書いてあって、第一の脅迫状には宛名無しというのは、これはどういう訳だと思いますか」
検事はパイプから太い煙をプカプカとふかし、
「――それは極《きわ》めて明瞭《めいりょう》だから、書く必要がなかったんだろう」
「極めて明瞭とは?」
「それを説明するのは、ここではちょっと困るが――」と、室の隅に立たされている鴨下ドクトルの令嬢カオルと情人上原山治の方をチラリと見てから、帆村の耳許にソッと口を寄せ、「――いいかネ。この邸にはドクトルが一人で暮しているのに、宛名は書かんでも、誰に宛てたか分るじゃないか」
「ほう、すると貴下《あなた》は――」といって帆村は村松検事の顔を見上げながら、「――この脅迫状がドクトルに与えられたもので、そしてアノ――ドクトルが殺されたとお考えなんですネ」
「なんだ、君はそれくらいのことを知らなかったのか。あの燃える白骨はドクトルの身体だったぐらい、すぐに分っているよ」
「では、あれはどうします。三十日から旅行するぞというドクトルの掲示は?」
当分旅行ニツキ訪問ヲ謝絶ス。十一月三十日、鴨下――という掲示が奇人館の表戸にかけてありながら、家の中でドクト
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