ル!」
「おお儂の名を呼んだな。――呼んだのはお前じゃな。うむ、これは署長じゃ。この間会って知っている。お前は感心じゃが、お前の部下は実に没常識ぞろいじゃぞ。儂のことを蠅男と呼ばわりおったッ」
老紳士は果然《かぜん》鴨下ドクトルだったのだ。ドクトルはなおも口をモガモガさせて、黒革の手袋をはめた手に握った細い洋杖《ステッキ》をふりあげて、いまいましそうにうちふった。
正木署長はドクトルに事情を話して諒解《りょうかい》を乞うた上で、なおドクトルが夜の動物園で何をしていたのかを鄭重《ていちょう》に質問した。
「なにをしようと、儂の勝手じゃ。儂の研究の話をしたって、お前たちに分るものか」
「それでもドクトル、一応お話下さらないとかえってお為になりませんよ」
「ナニ為にならん。お前は脅迫するか。儂は云わん、知りたければ塩田律之進《しおたりつのしん》に聞け」
「えッ、塩田律之進というと、アノ鬼検事といわれた元の検事正《けんじせい》塩田先生のことですか」
村松検事が愕いて横合いから出てきた。
「そうじゃ、塩田といえば彼奴《あいつ》にきまっとる。あれは儂の昔からの友人じゃ」とドクトルはジロリと一同を見まわし、
「それに儂《わし》は塩田と約束して、これから堂島《どうじま》の法曹クラブに訪ねてゆくことになっとる。心配な奴は、儂について来い。しかし邪魔にならぬようについて来ないと、遠慮なく呶鳴りつけるぞ」
あの有名な塩田先生の友人と聞いては、検事も署長も、大タジタジの体であった。なかにも村松検事は、塩田先生の門下の俊才として知られていた。それで彼は、この上、先生の友人である鴨下ドクトルを警官たちが怒らせることを心配して、
「じゃあドクトル、塩田先生にはしばらく御無沙汰していましたので、これから一緒にお伴をしてもいいのですかネ」
「なんじゃ、貴公がついて来るというのか。ついて来たけりゃついてくるがいい。しかし今もいうとおり、邪魔にならぬようにしないと、この洋杖でなぐりつけるぞ」
奇人館の主人は、なるほど奇人じみていた。検事はそれをうまくあしらいながら、署長たちに断りをいって、ドクトルのお伴をすることになった。堤《どて》のところに待っていた一台の警察の紋のついた自動車がよばれ、それにドクトルと検事は乗りこんで、出かけていった。
帆村は、はじめて見た鴨下ドクトルの去ったあとを見送り
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