んでて、どの店にも女の子が三味線をひいとる、えろう賑やかな横丁や。そこへ逃げこんだが最後、どこへ行ったかわかれへん」
「じゃあ、どっちも捕える見込み薄ですね」
「しかし儂《わし》の考えでは、二人ともまだこの一画のなかにひそんどる。それは確かや。この一画ぐらい隠れやすいところはないんや。そしていずれ隙を見て、チョロチョロと逃げ出すつもりやと睨《にら》んどる。もっと待たんと、ハッキリしたところが分れしまへんな」
 そこへ一人の警官が、伝令と見えて、向うからかけて来た。
「いま向いの動物園の中で妙な洋服男がウロウロしとるのを見つけました。こっちへ出てくる風でおます。それとなく警戒しとります」
 動物園というのは、公園南口停留場のすぐ向いにあった。この寒い夜中に、動物園のなかをうろついているというのはいかさま変な話だった。
 そのとき村松検事が、例の病人のような骨ばった顔をこっちへ近づけてきた。
「オイ帆村君。なにか面白い話でも聞かさんか。儂は至極退屈しているんだ」
 検事は浮かぬ顔をしていた。折角の捕物がうまくいかないので、腐っているらしい。
「面白い話は、こっちから伺いたいくらいですよ。蠅男がアメリカのギャングのように機関銃を小脇にかかえてダダダッとやったときの光景はいかがでした」
「ウン、なかなか勇壮なものだったそうだ。味方はたちまち蜘蛛の子を散らすように四散して、電柱のかげや共同便所のうしろを利用してしまったというわけさ」
「検事さんのお口にかかっては、こっちは皆シャッポや」と署長は苦笑いをした。「それよりも帆村はん、豪《えら》い妙な話がおますのや。それは蠅男の機関銃のことだすがナ、その機関銃の銃身《じゅうしん》がこっちには皆目見えへなんだちゅうのだす」
「え、もう一度いって下さい」
「つまり、蠅男は機関銃を鳴らしとるのに違いないのに、その肝腎《かんじん》の銃身がどこにも見えしまへんねん」
「それはおかしな話ですね。蠅男はどんな風に構《かま》えていたんですか」
「ただこういう風に」と署長は左腕を水平に真直に前につきだしてみせ、「左腕を前につきだして立っとるだけやったいう話だす。手にはなんにも持っとらしまへんねん。透明機関銃やないかという者も居りまっせ」
「透明機関銃? まさか、そんなのがあろう筈がない。何か見ちがえではないのですか」
「いや、蠅男に向うた誰もが、云い
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