んまなら、こらえらいこっちゃ」
部長の顔色もサッと青褪め、すこぶる緊張した。
糸子の部屋には一人の警官を置いて、あとの三人は、急いで三階に駈け下りた。そして目ざす井上一夫の部屋第三三六室に近づいていった。
いざとなれば、たとい留守にしても、蠅男のいた部屋を開けるというのは、たいへん覚悟の要ることだった。三人はめいめいに腋《わき》の下から脂汗を流して、錠前の外れた扉に向って身がまえた。帆村はソッと扉を押した。
そして素早く手を中に入れて、電灯のスイッチ釦《ボタン》を押した。パッと室内灯がついた。
三人は先を争って、部屋の中を見た。
「ウム、あるぞ、トランクが……」
部屋のなかには、誰の姿も見えず、ただ大きなトランクだけがポツンと置き放されてあった。
「さあ、このトランクを開けてみましょう」
帆村は主任の許しをえて、持ってきた彼の秘蔵にかかる錠前外しでもって、鍵なしでドンドン錠を外していった。
錠前はすべて外《はず》れた。ものの二分と懸らぬうちに――
大川主任は唖然《あぜん》として、帆村の手つきに見惚《みと》れていた。
「さあ、トランクを開きますよ」
帆村はトランクの蓋に手をかけるなり、無造作にパッと開いた。「あッ、空っぽや」
「ウム、僕の思ったとおりだッ」大トランクの中は、果然《かぜん》空っぽであった。帆村は、そのトランクの中に頭をさし入れて、底板を綿密にとりしらべてみた。
「ああこんなものがある」
帆村はトランクのなかから、何物かを指先に摘みだした。
それは細いヘヤピンであった。彼はそれをソッと鼻の先へもっていった。
「ああピザンチノだ。南欧の菫草《すみれそう》からとれるという有名な高級香水の匂いだ、全く僕の思った通りだ。糸子さんはこの香水をつけている。するとこのトランクに糸子さんが入っていたと推定してもいいだろう。糸子さんはこのトランクのなかに入れられてこのホテルに搬びこまれたのだ」
「えッ、あの糸子はんが――へえ、そら愕いたなア」
大川主任と帳場氏は、互いの顔を見合わせて愕いたのであった。そこで帆村は、二人に対し、蠅男の演じた奇略《トリック》をひととおり説明した。前後の様子から考えると、蠅男は三輪車を奪ってから、大胆にもこの宝塚にひきかえしたのだった。そして彼は多分池谷別邸のなかに幽閉されていたろうと思われる糸子に麻酔剤を嗅がせた上、こ
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