ときまだ幼かった一人の男の子を抱きあげて、河内軍曹への復讐《ふくしゅう》を誓ったのです。その男の子――兎三夫《とみお》君は爾来《じらい》、母方の姓《せい》鴨田を名乗って、途中で亡くなった母の意志を継《つ》ぎ、さてこんなことになったのです」
 帆村は語を切った。しかし鴨田学士は、今度は何も云わずに項低《うなだ》れていた。
「もう後は云う必要がありますまい。最後に御紹介したい一人の人物があります。それはこの話のヒントを与えて以後私の調べに貢献《こうけん》して下すった故園長の古い戦友、半崎甲平老人であります。この老人は同郷《どうきょう》の出身ですが、衛生隊員として出征せられていたので、後に園長がX線で体内の弾丸《たま》を見たときにも立合い、また戦場の秘話を園長から聴きもした方です。鴨田さんの亡《な》き父君のことも知ってられるんですから、此処《ここ》へお連れしました。いま御案内して参りましょう」
 そういって帆村は立上ると、入口の扉《ドア》をあけた、が、其処には老人の姿は見えなかった。向うを見ると、爬虫館の出入口が人の身体が通れるほどの広さにあき、その外に真黒な暗闇《やみ》があった。
「呀《あ》ッ、鴨田さんが自殺しているッ」
 そういう声を背後に聞いた帆村は、もう別にその方へ振返ろうともしなかった。
 そして彼の胸中には、事件を解決するたびに経験するあの苦《に》が酸《ず》っぱい悒鬱《ゆううつ》が、また例の調子で推《お》し騰《のぼ》ってくるのであった。



底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
   1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1932(昭和7)年10月号
入力:tatsuki
校正:花田泰治郎
2005年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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