で倒れた時刻だ。隆夫の肉体に宿っていた霊魂第十号が追い出され、そのあとへ隆夫の霊魂が仮《か》りの宿レザールの身体をはなれて飛びこんだその時刻にぴったりと一致する。あの出来ごとが、てきめんに名津子にひびいたとすれば、これは名津子の身の上にも一変化《ひとへんか》起るのではなかろうかと、博士は推理した。
 博士は、茶の間の自分の座に戻ってから、彼の考えを隆夫と、その母親に説明し、当分の間、隆夫は、この家に居ないことにしておいた方がよいと、結論を述べた。隆夫は、その夜ゆっくりと足を伸ばして睡った。
 翌日からは、彼はなつかしい電波小屋にとじ籠《こも》った。そして多くの時間を、仮りのベッドの上で昼寝に費《ついや》し、ときどき起き出でては荒れたままになっている実験装置の部品や結線を整理した。その間に、彼はこれまでの事件についてのメモを書き綴《つづ》った。
 そのメモの中から、少しばかり抜いておこう。
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――自分ノ感ジデハ、此ノ空間ヲ往来シテイル電波ノ諸相ニツイテノ研究ハ、ホンノ手ガツイタバカリダト思ウ。ワレワレ通信技術者ガワレワレノ組立テタ器械ニヨッテ放出シテイル通信用電波ノ外ニ此ノ空間ニハ現ニ多種多様ナ未知ノ電波ガ飛ビ交《まじ》ッテイルノダ。ソレヲ探求《たんきゅう》シツクスコトハ容易デナイト思ウガ、ゼヒトモ速カニソノ研究ニ着手スベキダ。
 カカル未知電波ノウチノアルモノハ、時ニ雑音《ざつおん》トイウ名ノモトニワレワレニ知ラレテイル。シカシ果シテソレガ雑音ナドトイワレルニ十分ナ屑電波《くずでんぱ》ダトスルコトハ早計ニ過ギルト思ワレル。雑音コソハ、直チニ研究ニ取懸《とりかか》ルニ適シタ未知電波ダ。コレヲ探求シ、分析《ぶんせき》シ、整頓《せいとん》シ、再現スルコトニヨッテ、ワレワレハ自然界ノ新シキ神秘ニ触レルコトガ出来ルノデハナイカト思ウ。
 自分ガ関係シタ霊魂第十号モ、カカル雑音ノ中カラ姿ヲ現ワシタノデアル。第十号ハ頗《すこぶ》ル野心ニ燃エタ霊魂ダッタ。第十号ハ人間界ニ肉迫《にくはく》シ、ソシテ遂ニ人間ノ霊魂ヲ捉《とら》エルニ至ッタ。ソノ択《えら》バレタル霊魂ノ持主ハ、不運デモアッタガ、又、捉《とら》エラレルニ適シタホドノ脆弱性《ぜいじゃくせい》ト不安定トヲ持ッテイタ気ノ毒ナ人デアッタ。ソウイウ種類ノ人間ハ、案外身辺ニ少ナクナイノデアル。深イ注意ヲモッテカカル人間ニ対シ適当ナ電波的保護ヲ急グノデナケレバ、世ノ中ニハ「手ニオエナイ神経病者」トイワレルモノガ年ト共ニ激増スルデアロウ。
 自分ハ健康ヲ回復シタラ、此ノ方面ノ研究ニ没頭シヨウト思ウ。ソシテ、可能ナラバ霊魂第十号ニモウ一度会イ、彼及ビ彼ノ背後ニアル心霊科学ト握手シ、同ジ目的ニ向ッテ協力シタイモノダ。(以下略)
[#ここで字下げ終わり]
 治明博士の予想した如く、一週間後に名津子はすっかり元気になり、それまでの妖《あや》しき態度も消え、元の名津子に戻った。そして隆夫や健《けん》や二宮《にのみや》や四方《よつかた》の交際も旧《もと》に復した。
 なお、隆夫は改めて名津子と結婚した。隆夫の方が年下であることは、二人の間にも親たちの間にも、もはや問題でなかった。



底本:「海野十三全集 第12巻 超人間X号」三一書房
   1990(平成2)年8月15日第1版第1刷発行
底本の親本:「海野十三全集 第七巻」東光出版社
   1951(昭和26)年5月5日
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2001年11月12日公開
2006年7月31日修正
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