うこうだと話した。母親は、昨夜親切に隆夫たちが来て、器械を使って調べていってくれたことをたいへん感謝していて、それでは病人の様子を見ましょうとて、病室にはいった。
名津子は、血の気のない顔で、髪を乱したまま、すやすやと睡っていた。
そこで母親は三木のところへ戻って来て、今病人は疲れ切ってすやすや睡っているから、目がさめるまで、しばらくの間、隆夫さんに待っていてもらうようにといった。
三木は、そのことを隆夫のところへ来て話した。
すると隆夫は、大いに不満の顔つきになって、
「君たちは、ぼくを名津子さんに会わせまいとするんだな。けしからんことだ」
と、意外にきついことばをはいた。
これには三木もあきれてしまった。そんなことがあろうはずはない。隆夫はなにをかんちがいしているのであろうかと、三木はそれからいくどもくりかえして、昨夜《さくや》姉があばれたり泣いたり、叫んだりして、ほとんど一睡もしなかったことを語り、
「………だから、今疲れ切ってすやすや睡っているんだ。できるだけゆっくりねかしておきたい、でないと、姉は衰弱がひどくて、重態《じゅうたい》に陥《おちい》る危険があるのだ」
というと、隆夫は、なるほど、そうかそうかと合点して、ややおとなしくなった。しかし名津子の目がさめたら、すぐ自分のところへ知らせること、そしてすぐ自分を病室へつれていって名津子にあわせることを、くどくどとのべて、三木に約束させた。
三木は、このときになって、拭《ぬぐ》い切《き》れない疑問を持つに至った。
(どうも隆夫君の様子がへんだぞ。なぜ今日になって、姉に会いたがるのか、さっぱりわけが分らない。昨夜の実験の結果、急に姉に会う必要が生じたのかしら。それならそれといいそうなものだが……。なんだか隆夫君までおかしくなって来た)
隆夫は、三木の勉強部屋へ通された。
しかし彼は三木に向きあったまま、急に無口《むくち》になってしまった。なにかしきりに考えこんでいるようである。ふだんの明るい隆夫の調子は見られない。
そこで三木は、話しかけた。
「昨夜、電波収録装置《でんぱしゅうろくそうち》に取っていった、あれはどうしたね。結果は分ったかい」
「あれか。あれはよく取れていたよ」
「そうか。するとあれを使って、これからどうするのか」
「どうするって。さあ……」隆夫は困った顔になった。
「どうするって、とにかくあれは参考になるね」
「君は、もしあの中に、電波が収録されていたら大発見だ。そしてそうであれば姉の病気についても、新しい電波治療が行えることになろうといっていたが、それはどうだね」
隆夫はなぜか狼狽《ろうばい》の色を見せ、
「いや、そんなことはでたらめだ。病人を電波の力で癒《なお》すなんて、そんなことは出来るものではない」
「おかしいね。さっき君のいったことともくいちがっているし、君が日頃語っていたところともちがう。いったいどれが本当なんだ」
「断《だん》じて、僕はいう。君の姉さんの病気はきっと僕がなおして見せる。そのかわり、昨日僕がいったことは、一時忘れていてくれたまえ。今日から僕は、新しい方法によって、名津子さんの病気を完全になおしてみせる。もし不成功に終ったら、僕はこの首を切って、君に進呈《しんてい》するよ」
そういって隆夫は、自分のくびを叩いた。ひどく昂奮《こうふん》している様子だった。
そのとき母親がはいってきて、名津子が目がさめたようですから、と隆夫たちを迎えに来た。
昨日にかわり隆夫の様子がちがっているのは、どうしたことであろうか。
ここは何処《どこ》
ここまで書いてくると、賢明なる読者は、怪しい隆夫のふるまいのうしろに何が有るかを、もはや察せられたことであろう。
そのとおりである。
名津子を見舞に来た隆夫は、その肉体はたしかに隆夫にちがいないが、その肉体を支配している霊魂《れいこん》は、隆夫の霊魂ではないのだ。それは例の霊魂第十号なのである。
前夜隆夫は、とつぜん霊魂第十号の訪問をうけ、そして肉体を半年ほど借りたいから承知をしろと申入れられた。隆夫は、それをことわった。すると隆夫は、とつぜん首をしめられ、人事不省《じんじふせい》に陥ったのだ。
その直後、どういう手段によったものか分らないが、隆夫の肉体から隆夫の霊魂が追い出され、それにかわって霊魂第十号がはいりこんだのである。まさにこれはギャング的霊魂だといわなくてはならない。
とにかくこんなわけだから、翌日隆夫が三木家をたずねたとき、とんちんかんのことばかりいい、家人から不審《ふしん》をかけられたのだ。つまり第十号としては、隆夫の霊魂に入れ替《かわ》ったものの、すべて隆夫のとおりをまねることはできなかったし、また隆夫の記憶や思想をうまく取り入れること
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