われ、うしろを振返ったと思うと、さっと城壁のかげにとびこみ、姿を消した。いや、狼ではなく、飢えたる野良犬《のらいぬ》であったかも知れない。その犬とも狼ともつかないものが振返った方角から、ぼろを頭の上からかぶった男がひとり、散乱《さんらん》した円柱や瓦礫《かわら》の間を縫って、杖をたよりにとぼとぼと近づいてきた。
彼は、たえず小さい声で、ぼそぼそと呟《つぶや》いていた。
「……しっかり、ついてくるんだよ、わしを見失っては、だめだよ。……もうすぐそこなんだ。多分見つかると思うよ。アクチニオ四十五世さ。新月の夜にかぎって、廃墟の宮殿の大広間に、一統と信者たちを従えて現われ、おごそかな祈りの儀式を新月にささげるのだよ。……隆夫、わしについてきているのだろうね。……そうか。おお、よしよし。もうすこしの辛抱だ。わしはきっとアクチニオ四十五世を探し出さにゃおかない」
と男は、杖をからんからんとならしながら、空に向って話しかける。
彼こそ、隆夫の父親の治明博士であったことはいうまでもない。彼は、奇《く》しきめぐりあいをとげた愛息《あいそく》隆夫のうつろな霊魂をみちびきながら、ようやくこれまで登ってきたのである。
隆夫のたましいは、どこにいる?
彼の姿も形も、まるでくらげを水中にすかして見たようで、はっきりしないが、治明博士の頭上、ややおくれ勝ちに、丸味をもった煙のようなものがふわふわとついて来るのが、それらしい。
博士は、杖を鳴らしながら、廃墟《はいきょ》の中を歩きまわった。大円柱が今にもぐらッと倒れて来そうであった。宙にかかったアーチが、今にも頭の上からがらがらどッと崩《くず》れ落ちて来そうであった。博士は、そういう危険をものともせず、土台石の山を登り、わずかの間隙《かんげき》をすりぬけて、アクチニオ四十五世たちの祈祷場《きとうじょう》をなおも探しまわった。どこもここも墓場《はかば》のようにしずかで、祈りの声も聞えなければ、人の姿も見えなかった。
博士は、泣きたくなる心をおさえつけながらもよろめく足を踏みしめて、なおも廃墟の部屋部屋をたずねてまわるのだった。
「あ、あそこだ!」
とつぜん博士は身体をしゃちこばらせた。博士は目をあげて見た。そこは西に面した高い城壁の上であったが、あわい月光の下、人影とおぼしきものが数十体、まるで将棋《しょうぎ》の駒《こま》をおいたよ
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