隆夫のたましいは失望した。
「すると、人ちがいなのだろうか」
 すっかり悲観したが、なお、あきらめかねて隆夫のたましいは男の上をぐるぐるとびながら、彼のすることを見守っていた。
 男は、木乃伊《ミイラ》のように動かなかった。棕梠の木に背中をもたせかけたままであった。ところが一時間ばかりした後、その男はすこし動いた。彼は座り直した。片坐禅《かたざぜん》のように、片足を手でもちあげて、もう一方の脚の上に組んだ。それから両手を軽く握り目をうすく開いて、姿勢を正した。彼はたしかに無念無想の境地《きょうち》にはいろうとしているのが分った。隆夫のたましいは、これはなにか変ったことが起るのではないかと思い、ふわふわとびまわりながら、いっそう相手に注意をはらっていた。
 すると、その男の頭のてっぺんのすぐ上に、ぼーッとうす赤い光の輪が見えだした。ふしぎなことである。隆夫のたましいは、まわるのをやめて、それを注視《ちゅうし》した。
 ふしぎなことは、つづいた。こんどは男の上半身の影が二重になったと見えたが、その一つが動き出して、ふわりと上に浮いた。それはシャボン玉を夕暗《ゆうやみ》の中にすかしてみたように、全体がすきとおり、そして輪廓《りんかく》だけがやっと見えるか見えないかのものであり、形は海坊主《うみぼうず》のように、丸味をおびて凸凹《でこぼこ》した頭部《とうぶ》とおぼしきものと、両肩に相当する部分があり、それから下はだらりとして長く裾《すそ》をひいていた。また、頭部には二つ並んだ目のようなものがあって、それが別々になって、よく動いた。しかしその目のようなものは、卵をたてに立てたような形をし、そしてねずみ色だった。
「おお、隆夫か。どうしたんだ、お前は」
 と、そのあやしい海坊主はいって、隆夫のたましいの方へ、ゆらゆらと寄ってきた。
「あ、やっぱり、お父さんでしたか」
 隆夫のたましいは、海坊主みたいなものが、父親治明博士のたましいであることに気がついた。
 ああ、なんというふしぎなめぐりあいであろう。祖国を遠くはなれたこのアドリア海の小さい港町で、父と子が、こんな霊的《れいてき》なめぐりあいをするとは、これが宿命《しゅくめい》の一頁で、すでにきまっていたこととはいえ、奇遇中《きぐうちゅう》の奇遇といわなくてはなるまい。
「お父さん。よく生きていて下さいました。親類でもお父さ
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