よるのであるが、そういう点については、隆夫は今までによく吟味《ぎんみ》してあったから自分のところの受信機はほとんどゆがみを生《しょう》じない自信があった。
だからこの音声のゆがみは、その電波が受信機にはいる前に既に持っているゆがみなのだ。
隆夫はここまで推理を進めていって、ふうーッと溜息をついた。推理は、やっと半道《はんみち》来たばかりだ。その先が、難物《なんぶつ》だ。とても手におえそうもない。
が、勇敢にぶつかろう。
音声ゆがみが、電波自体の中に既に含まれているものとすれば、それはどうしたわけでゆがみを生じたものであろうか。
送信装置がよくないために、そこにゆがみを生ずる原因があると考える。これはめずらしくないことだ。拙劣《せつれつ》な変調装置を使うとか、マイクロホンがよくないとか、増幅装置《ぞうふくそうち》がうまいところで働いてないとか、そういう素因《そいん》によって音声はゆがめられる。
だが、権威ある送信局から出るものは、そんな劣悪《れつあく》なゆがみを持っていないと断定していいだろう。素人の作った送信機だとか、何かの理由で、故障あるいは不調の送信機をやむを得ず使わなくてはならない場合だとか、あるいはまた、この通信に対して他からの露骨《ろこつ》な妨害が加えられた場合には、ゆがみが起るであろう。
ゆがみの原因は、その他にもあろうが、だいたい今かぞえたのが普通考えられる場合である。
いや、まだ有った。それは、その音声を発する者自体が、そんなゆがんだ音声しか出せない場合である。たとえば、酒に酔っぱらって、口がまわらなくなった人間が、マイクの前に立ったとすると、ゆがんだ音声がマイクに入る。百歳に近い老人が死床《しにどこ》にいて、苦しい息の下から遺言《ゆいごん》をするような場合も、音声は相当ゆがんでいるであろう。
そんな場合でなくとも、生れつき発音が不明晰《ふめいせき》な人がある。そういう人がマイクの前に立てば、ゆがんだ音が送り出される。生れつきでなくとも、たとえば日本語を習いはじめたばかりの外国人から聞く日本語の発音のように、発音の不正確から来る音声のゆがみが考えられる。
「まず、ゆがみの原因について考えられることは、そのくらいであろう」
隆夫は、可能な場合をほとんど残らず数えあげたと思って、ほっと吐息《といき》した。あとは、今の場合、ゆがみがどの
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