いか、特に電車の中あたりで何か無かったかと尋ねてみた。
星尾は別に大したことはなかったようだ。言いわすれたのは、電車の中で自分が不用意にも下に落した脱脂綿を遽《あわ》てて拾いあげるところを園部にみられた位のことだと言った。
念のために、川丘みどりを引出して、云い忘れたことはないかと尋ねたところ、彼女は前よりもすこし落付きを見せて答えた。
「わたし、ちょっとしたことを忘れていましたのよ。それは倶楽部《クラブ》で麻雀をうっているとき、不図《ふと》足の下を見ますと、アノ脱脂綿が落ちていましたもんで、まア恥《はずか》しいことだと思いソッと拾いあげたんです。それは、もうやめるすこし前のことでした。たしかに拾いあげて袂《たもと》に入れた筈の脱脂綿が、あとで気がつくとなかったんです」
それは明らかに、第一の綿を星尾に盗まれた後の出来事に違いなかった。その綿には例の毒薬がついていたのだ。これは後に星尾の手に入ったものである。そこで彼は思いついて尋ねた。
「あなたは、電車の中で、どこに坐っていましたか」
「そうですね、あの時はあまり蒸し暑くて苦しかったものですから、となりの電車の箱との通路になって
前へ
次へ
全38ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング