かいしなければならなかった。だいたい山々の五千メートルから上は、すっかり雪におおわれ、まっ白に光っていた。飛行地図を見ると、このへんの平均|雪線《せっせん》は五千メートルとしるされているが、まさにそのとおりだった。
「ここから見ていると、地球全体が、雪におおわれているようですね」
 道彦が、窓ガラスから外を見下して、かん心して言った。
「ああ、そうだね」
 こたえたのは、木谷博士だった。博士は、部厚い本のページを開いて、しきりに読みつづけている。前の席の背中が、小さいたなになっていて、そのうえにフラスコがおいてある。フラスコの口から、かすかに湯気《ゆげ》がたちのぼっているが、この中にはあつい紅茶が入っているのであった。
「写真で見た北極の氷原とは、だいぶんちがったけしきですね」
「それは、ちがうよ。北極の氷原は、こんなにでこぼこしていない。もっとも氷山はあるが、山脈の感じとはちがうよ。おおあそこに最高峰のエベレストの頭が見えるな」
「どれです。エベレストは……」
「ほら、あそこだ。あそこに灰色がかった雲があるが、あの雲から頭を出している」
 と、いった博士は、どうしたのか、そこでまゆをひそめて、窓ガラスのところへ、ひたいをすりつけ、
「……あの雲は、いやな雲だなあ。ほう、風が出てきたらしい。雲がうずまいて、うごきだしたぞ」
 と、しんぱいそうである。
「先生、すると、空はあれますか」
「うむ、一《ひと》あれ、きそうだ。大吹雪《おおふぶき》がやってくるぞ。おお、機はいよいよ高度をあげだしたぞ」
 そばに、高度計がかかっていたが、その指針は、生きもののように、ぐるぐるうごきだした。さっきまでは高度八千のところを指していたのが、八千五百になり、九千になり、そしてまだその上になっていく。しゅうしゅうと、酸素が室内へおくられはじめた。おしよせる雲のうえに、うまく出られればいいが……。
 しかし、ついにいやな運命がやってきた。
「先生、エンジンの音がへんですね。そう思いませんか」
 ヤヨイ号には、四つの発動機がついて、さっきまでは、ゴーンゴーンとこころよい響《ひびき》をだしていたのが、ここへ来て、急に調子がわるくなって、ときに、するするッととまる。それからしばらくして、またぶるぶるンとまわるのであった。寒冷《かんれい》のため、エンジンがどうかしたのだ。
 雲は、いつしか機のまわ
前へ 次へ
全9ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング