から、その実験が成功したときにでてくる勢力《エネルギー》は、胸に考えてみただけで脳貧血になりそうな莫大なものです。
私はその巨大な勢力《エネルギー》が飛びだしてきたときのことを考えると慄然といたします。多分その驚くべき巨大な力は簡単に人類に操縦されはしないでしょう。
私は想像します。おおそれはもっとも恐ろしき出来事の端緒となることでしょう。かくも短い時間のうちにかくも小さい空間に発生せられた巨大なる勢力《エネルギー》は人力を超越し、人意を踏みにじって、そこに現われてくるものは第二次の原子変成現象、第三次の原子変成現象、それからまた第四次、第五次と引きつづいて起り、とめどもなく膨脹拡大する原子変成《アトミックトランスフォーメーション》が数万の雷鳴と地震と旋風とを同時にこの世界に打ちつけ、その結果、衝突と灼熱と崩壊と蒸発と飛散とが一時に生じて瞬《またた》くうちにこのなつかしきわれらをのせている球形の世界を破滅消滅しさってしまうことであろうと信じます。
*
私の講演がこのところまで進んできたとき、会場の前列に坐っていたチロリウム製造実験を専攻する教授連はいっせいに満面を朱のごとくにして両腕を頭よりも高く打ちふるわせながら立ち上った。それからのちの会場の混乱は説明する必要がない。教授の一人が『ニュートンの法則を忘れた君は物理学界からただちに破門すべきだ』とか『千古不易の勢力不滅律はどうしてくれるんだ』など、私の耳の近くでどなった。私はいまもその憎悪にみちた教授の顔を憶いだす。次の瞬間に私は襲いかかる潮のごとき群衆の前に気を失ってしまった。私が腕一本と左眼を失ったのはじつにこの時だった。おおもはや三十秒だッ! まさに三十秒、二十八秒、二十六秒!
裁きの時は近づいた。俺の言ったことが当るか、世界の馬鹿どもが言ったことが当るか。ああ俺は気を失いそうだ。あの大学の馬鹿教授連が神を恐れぬ実験のスウィッチを入れる瞬間は、もう間近かに迫った。もう十秒だ。俺は負けないぞ、負けないぞ! わが遺言状よ。わがたましいを運び去れ! ううう……三秒。おのれくそッ! 二秒、一……」
*
そのとき天野祐吉は額からポタポタと油汗を流し、顔を受信装置のパネルにグイグイと圧しつけ、受話器のあたっている耳は今にも融けそうに真紅《まっか》にもえていた。
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