が、ぴしゃりと顔をうった。あっ、なんという乱暴なやつだと、思う間もなかった。
倉庫の中からとびだした黒い影は、まずケリーの手提電灯を叩き落し、かたい拳で頤を突き上げたのだ。ケリーはそのまま後へひっくりかえり、しばらく気を失っていたのであった。
あとでようやく気がついて、頤をなでながら起きあがったときには、もはや乱暴者の姿も見えず、倉庫の扉が開きっぱなしになっているばかりだった。
「あいつは、この倉庫でなにをしていたのだろう」
と、ケリーは痛さをこらえ、手提電灯を持ちなおすと、倉庫の中に入ってみた。
ところが倉庫の中は別になんの変ったところもない。妙なこともあればあるものだと思った。始終を聞いた仲間の者達は、ケリーの間抜さ加減を笑いながら、
「――しかしケリーよ。なにか盗まれたものがあるにちがいないぜ。いまにきっと貴様は出し入れ帖の上で団長閣下にあやまることになるぜ。ふふふふ」
「何だって――」
とケリーが頤をおさえながら、その方へつめよると、一座はまたどっと爆笑した。
× × ×
その頃であった。飛行島の「鋼鉄の宮殿」に近いところから、突然ぱっと火が燃えあがった。それが一箇所ではなく、三角形に三箇所も一度に燃えあがったのだ。そのため上甲板は大騒ぎとなった。
警鐘が乱打される。消火班は、日本の飛行機が焼夷弾を落したのかと勘ちがいして、かけつける。
ところが近よってみると、そこら一面に、石油がまいてあって、それが炎々と燃えあがっているのであった。
「誰だい、こんなところに油なんかこぼしていったのは」
と消しにかかった。するとまた別なところに、三箇所、同じように三角形に燃えだしたのであった。
「あれ、変だぞ」
「これじゃ、日本の飛行機に飛行島の所在を知らせるようなものじゃないか」
「ひょっとすると、スパイの仕業かもしれないぞ」
「なに、スパイ?」
スパイという声に、騒ぎはいよいよ大きくなっていった。
その最中に、突然、飛行島上から、数条の照空灯が、暗い大空に向け、ぱぱーっと竜のようにのぼっていった。
「あっ、敵機だ」
「どこだ」
「あれあれ、あそこだ」
「おや、なにか黒いものを落したぞ」
その時、
だだだーん、だだん、だだだーん。
突如として鼓膜をつんざくような烈しい砲声が起った。高射砲が飛行機めがけて火蓋を切ったのだ。
だだだん、がんがんがん。
あっちからもこっちからも、高射砲は砲弾を撃ちあげた。そのため約千五百メートルから二千メートルのあたりが、まるで両国の大川開きの花火のようだった。
ところが、その次の瞬間であった。甲板のすぐ真上に、ぱらぱらぱらと弾けるような音がして、眼もくらむようなマグネシウムの大光団が現れた。その光団はしずしずと風にあおられて流れる様子だ。飛行甲板の上は、真昼のように照らし出された。日本の飛行機が、光弾を放ったのだった。
照空灯は、幾条も幾条も一つところへ集ってきた。二千メートル以上の上空をとんでいる日本機の翼に、照空灯が二重三重四重に釘づけになっている。
「誰かあれを飛行機で追いかける者はいないか」
と、司令塔の上ではリット少将がせきこんで叫んでいた。が、誰もこれに応ずる者はなかった。無理もない。味方の砲撃の間を縫って、日本機を追いかけるのは、自殺行為と選ぶところがないではないか。
日本機は、癪にさわるほど悠々と二千メートルの高空をぐるぐるまわっていた。高射砲弾はぱっぱっと花傘をひらいたように、日本機の前後左右に炸裂する。こんどこそは砲弾が命中して、機体はばらばらにとび散ったかと思われる。がしばらくすると煙の横から、日本機は悠々と白い腹をくっきりと現すのであった。
一方飛行島上の怪しい火事騒ぎは、ともかくもおさまった。高射砲弾の炸裂する数も、なんだかすくなくなってきた。なぜか日本機は、光弾を落したきりで、ほかに一発の爆弾も落さなかったのだ。
一所《ひとところ》に釘づけされたようになっていた照空灯が、右に左に活溌に首をふりうごかしはじめた。監視中の日本機はどこへ行ったか、急に姿を隠してしまったのである。
怪しき記号
日本機の姿が見えなくなってしまうと、飛行島の人々は、ほっと息をついて、おたがいの顔を見合わせた。
「あれはやはり日本の飛行機だったのかなあ」
「もちろん、日本の飛行機でなければ、どこの国の飛行機があんな風に大胆にやってくるものか」
「そうだ、やっぱり日本の飛行機だよ。あのとき、怪しい男が無線室を襲ったり、それから数箇所に火の手があがったりしたではないか。この飛行島に日本のスパイが忍びこんでいて、あの飛行機と何か連絡があったのではないだろうか」
全くそのとおりであった。無線室を襲って失敗したのも川上機関大尉であったし
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