いたか、それをいいなさい」
 係官は、明らかに、房枝を、うたがっている様子であった。
 そうでもあろう、房枝は、日本人ばなれした大きなからだの持主だったし、皮膚の色も、ぬけるような白さだったし、外国で覚えた化粧法が、更に日本人ばなれをさせていた。
「団長さんと、別れ別れになってしまったものですから、よく覚えていないのですわ」
「それじゃ、君が日本人たることの証明が出来ないじゃないか。え、そうだろう」
「まあ、あたくしが、日本人じゃないとおっしゃるのですか。ひどいことをおっしゃいますわねえ」
「その証明がつかなければ、ここは通せない」
「では、あたくしたち、ミマツ曲馬団の仲間の人に、証明していただきますわ」
 それから房枝は、いろいろと願って、生残《いきのこ》りの団員たちを呼びあつめてもらった。こんなときに帆村がいれば、どんなに助かるかもしれないのだけれどと、くやしくなった。
 けっきょく、仲間の人たちの証言も、係官を納得させるほど十分ではなかったが、船員の中に、房枝が乗船当時調べたことをおぼえている者があって、その証言で、やっと上陸を許可された。ただし条件つきであった。
「常に、居所《いどころ》を明らかにしておくこと。毎月一回、警察へ出頭すること。よろしいか」
 房枝は、今日ほど自分が捨子であることを、もの悲しく思ったことはない。原籍がわからないために、こんな疑いをうけるのである。
(ああ、お母さま、お父さま。房枝は、今、こんなに悲しんでいます。ああ)
 彼女は、胸に手をおいて、心の中ではげしく、まだ見ぬ父母に訴《うった》えた。
 この房枝のかなしみを、いつの日、誰が解《と》いてくれることやら。
 やっと解放された房枝たちミマツ曲馬団員は、一まず横浜のきたない旅館に落ちついた。これから、一同の身のふり方を、いかにつけるのかの、相談が始まった。けっきょく、他に食べる目当もない一同だったから、人数は半分以下にへったが、ともかくも、空地《あきち》にむしろを吊ってでも、興行をつづけることにきめた。そしてその第一興行地を、今生産事業で賑《にぎ》わっている東京の城南《じょうなん》方面にえらび、どうなるかわからないが、出来るだけのことをやってみようということになった。
 城南方面を第一興行地にしようじゃないかといいだしたのは、調馬師《ちょうばし》の黒川だった。彼は松ヶ谷団長にかわ
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