すぐった優秀な化学者二百名が、三年間地下にある秘密の研究所で困難な研究をつづけて、やっと完成したものである。
X塗料の発明が完成したとき、メキシコの主だった人々はほっと安心の溜息《ためいき》をついた。それはBB火薬が現れた時よりも、さらに一そうよろこばれた。彼等は、自国で発明されたBB火薬のため、彼等自身が爆死《ばくし》するのは、たまらないと思ったからだ。
X塗料の発明されたことは、報告されたが、その塗料がどんなものであるかということについては、火薬以上にその秘密が厳重にたもたれた。
わが名探偵帆村荘六は、この極秘の塗料をはるばるメキシコまで受取りに行ったのである。
それはメキシコ政府の好意によって、時局がら日本へ譲《ゆず》ってもいいという申入れがあったので、政府では大喜びで、これを受けることになった。しかしメキシコ政府としては、このX塗料のことは秘密の中の秘密で、この前のBB火薬のように、悪者のためにかぎつけられて盗まれてはたいへんであるから、こんどのX塗料の見本の受取りは、非常に注意深くやってもらいたいと要求した。そこで日本側でも特に気をつけて、この件を検察庁長官《けんさつちょうちょうかん》の手にうつした。そして長官は更に注意深くこのことを取扱って、一般には目立たないように私立探偵帆村荘六をえらんで、これに重大使命をせおわせたのであった。
帆村探偵は、この重大任務に感激し、命を的に、苦労を重ねて、ついにこれを手に入れ、ここまで持って帰ったのである。彼は、その塗料をながい間、自分の足にまきつけその上を繃帯し、あたかも、足に大怪我をしているように見せかけていたのであった。いよいよ横浜入港も近くなったので、彼は、繃帯を外し、貴重なるX塗料を箱の中に入れかえた。そして雷洋丸の爆沈事件のときも、彼は命にかえて、この箱を後生大事《ごしょうだいじ》に守って、ここまで無事に持ってきたのである。
このように貴重な、そして極秘のX塗料の入った箱を、とうとうトラ十が、目をつけてしまったのである。
陸ならば、まだ逃げる余地があろう。またこれが雷洋丸の上であれば、なんとか身をかわすこともできようが、ここは、ひろびろとした洋上をただようせまい和船の中である。助けを[#「助けを」は底本では「助を」]呼ぼうにも、附近には誰もいない。海へとびこめば、こんどこそ、帆村の命は、まず無い
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