れ》にすがって漂流をはじめた。

   漂流《ひょうりゅう》

 帆村は、しっかと、板切につかまって、波のまにまに、どこまでも、漂流していった。
 海上はたいへん、なぎわたって、波浪《はろう》も高からず、わりあいしのぎよかったのは、帆村にまだ運のあったせいであろう。
 彼は、命よりも大事な例の箱を、しっかり背中に、ななめに背おっていた。
 海は、いつまでも暗かった。まるで、時刻が、この海ばかりを、忘れ去ったかのように思われた。
 帆村は、だんだん疲《つかれ》を感じてきた。そしてついには、うとうとと眠気《ねむけ》をもよおしてきた。
(これは、たいへん、うっかり眠ろうものなら、お陀仏《だぶつ》になってしまうぞ!)
 と思ったので、彼は、船にいるとき、とくべつに、服のうえから腹にまきつけてきた帯をとき、命とすがる板切のわれ目に帯をとおして、しっかりと結び、他の端を、われとわが左手首にしばりつけ、ざぶりと波に洗われることがあっても、からだと板切とは、決して放れないように、用意をしたのであった。
 この用意があったおかげで、彼は、いくたびか、眠りこけて、ざぶりと海中に、からだをしずませることはあったが、そのたびに、はッと気がつき、帯をたよりに、命の板切のうえにとりつくことができた。
 長い夜が、ようやく暁《あかつき》の微光《びこう》に白みそめた。風が出はじめて、海上に霧はうごき、波はようやく高い。今夜あたり、一あれ来そうな模様である。帆村探偵には、あらたな心配のたねができた。
 夜が明けてみると、昨夜中、命をあずけてとりついていた板切というのが、船具《ふなぐ》の上にかぶせておく屋根だったことがわかった。
 帆村は、時間とともに、だんだんとおくまでのびていく視界のひろがりに元気づきながら、どこかに行きすがりの船影《せんえい》でもないかと、やすみなく首を左右前後にまわした。
 すると、目についたものがある。一|艘《そう》の小さい和船《わせん》であった。誰か、そのうえに乗っているのが、わかってきたので、帆村は、ただよう板切、船具おおいのうえによじのぼり、手を口のところへ、メガホンのようにあてがって、おーいおーいとよんだ。
 そのこえが、相手に、きこえたのであろう。やがて、朝霧の中から、ぽんぽんという発動機の音がして、その和船が帆村の方へやってきた。
「おーい、こっちだ。その船に、の
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