いって? 機関部へ水が流れ込んでいる。エンジンはどうした。機関部も故障だというのか。船長? 船長は、ここにいられるが」
 雷洋丸の第一船艙におこった爆発事件! そして、運わるく防水|扉《ドア》はしまらないで、浸入した海水は、洪水のように機関部へ流れこんでいくという。
 船長が、電話をかわった。
「おい、どうした。そこは機関部か。なに、機関長だと、それで、どうした。極力手をつくしているが、非常に危険だというのか。よろしい、分かった。すぐ避難命令を出す。そっちは一つ死力をつくして、がんばってくれ!」
 電話機を下においた船長の顔は、まったく、一変していた。眉の間には、つよい決意の色があらわれていた。
「総員、甲板へ。それから、無電で、救難信号を出すんだ。早く」
 船長は、てきぱきと、次から次へ命令を出した。
 しばらくして、船長は、帆村探偵のことを思い出して、彼の名を呼んだ。
 しかし帆村探偵の姿は、もうそこにはなかった。彼は風のように、いつともしれずこの部屋を出ていったのであった。
 雷洋丸の船腹の損傷は、意外に大きく船は見る見る左へ傾いた。機関部もやられてしまって、船内の電灯は一時消えた。甲板には、救命艇の位置へいそぐ船客たちが、互いにぶつかり転り踏みつけあい、くらがりの中に、がやがや立ちさわいでいるばかりだ。
 沈没までに、あと二十分とは、もたない。
 房枝は、どこにいる。ニーナ嬢は、なにをしている。帆村探偵は、どこへいったのであるか?
 このさわぎの中に、くらがりのマストのうえで、獣《けもの》のように、からからと声をたてて笑いつづける者があった。誰も、さわぎの最中のこととて、この怪人物に気づく者はなかったが、この人物は、意外も意外、それは死んだとばかり思っていたトラ十であったではないか。

   沈没《ちんぼつ》迫《せま》る

 ああ。なんという不運な雷洋丸よ!
 もうあと一日たてば、母国の横浜港にはいれるところまで、もどってきたのだ。ところが、とつぜん、この大遭難である。これを不運といわないで、どうしようぞ。
 なぜ、第一船艙が、とつぜん爆発したのであろうか?
 そんなことを、いま、しらべているひまはない。なぜといって、いま雷洋丸はぐんぐんと左舷《さげん》へかたむいていく。
 船客たちは、てんでに、なにかしら、わめきつづけている。なにしろ、船内の電灯は、はやく
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