いるわけですね」
「たぶん、そうでしょうね」
「え、たぶんですか。それはいったいどんな人間でしょう。外国人ですかねえ」
「さあ、外国人だろうと思うが日本人だか分かりませんが、とにかくここに一つ、はっきり名前を申し上げていい容疑者がある!」
「それが分かっているのですか。早くおしえてください」
「お待ちなさい」
帆村は、とつぜん席を立って、船橋の入口の扉を、注意ぶかく明けて外を見た。誰か外から、こっちをうかがっている者はいないかと思ったのであるが、外には、張番《はりばん》の水夫が二人、とつぜん現れた帆村の方を、びっくりしてふりかえったばかりだった。
では、大丈夫?
帆村は、元の席に戻って、口を開こうとしたが、ふと壁の方に目をうつすと、
「おや! あんなところに、一輪ざしの花が」
と、一声さけんで、バネ仕掛《じかけ》の人形のようにとびあがった。平生おちつきはらっている帆村としては、めずらしい狼狽《ろうばい》ぶりだ!
予言的中《よげんてきちゅう》
一輪ざしには、まっ赤なカーネーションと、それに添えてアスパラガスの青いこまかな葉がさしこんであった。それは、精密な器械類のならぶこの船橋内の息づまるような気分を、たぶんにやわらげているのだった。
帆村は、このやさしい一輪挿《いちりんざし》の花に、目をつけたのだった。
船長をはじめ、一同も、帆村が顔色をかえて立ち上ったので、それにつられて、腰をうかしたが、
「し、静かに!」
と、帆村は、一同を手で制した。そのとき、帆村の手には、どこにかくし持っていたのか、一|挺《ちょう》の丈夫な柄《え》のついたナイフがにぎられていた。
帆村は、しのび足で、花活《はないけ》のところに近づくと、目を皿のようにして、花活のまわりをしらべていたが、やがて、大きくうなずくと、ナイフをもちなおし、ぷつりと、花活のうしろに刃をあてて引いた。
「これでいい」
帆村探偵は、花活のうしろから、切断された二本の針金をつまみだした。
「船長。ゆだんがならぬといったのは、このことです。もうちょっとで私たちの話を、すっかり盗みぎきされるところでした」
「ええっ。それは、盗み聞きの仕掛だというのですか」
「そうです。ここへ来て、よくごらんなさい。花活の中には、マイクが入っています。ほら、このとおりです」
と、帆村が、花をぬいて、花活を逆さにする
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