とでまた、お礼のお金をさしあげます」
 ニーナ嬢は、ねっしんに、そして早口で、曾呂利をかきくどいた。
 曾呂利は、かすかにうなずいた。
「よろしいですね。わたくし、あなたを信用します。お礼のお金、あとできっとさしあげます。あっ!」
 ニーナ嬢は、とつぜん、おどろきのこえをあげた。階段の上に、誰かのわめきごえがきこえたからである。
「約束、きっと、守るのです!」
 ニーナ嬢は、最後にもう一度、命令するかのように、曾呂利の耳にのこすと、曾呂利をそこに寝かしたまま、とぶように立ち去ったのであった。
 階段の上から、あらあらしい足音とともに、二、三人の船員がおりてきた。
「やっぱり、こっちじゃないかな」
「どうも、こう暗くては、探せやしない」
 船員たちは、おりてくると、そこに曾呂利がたおれているのを発見して、おどろいてかけより、
「おう、あなた。ここへ誰か来なかったでしょうか。この階段を、あわてて上からおりてきたものはありませんか」
 曾呂利をだき起そうともせずに、いきなり質問だ。
 曾呂利は、首をふって、
「誰も、見えませんでしたね。僕は、松葉杖を階段からつきはずして、落ちたんです」
 と、わりあい、しっかりしたこえでいった。曾呂利は、ニーナとの約束を守ったのである。というよりも、うそをついたのである。彼は、ニーナ嬢から握らされた紙幣に、良心を売ったのであろうか。

   疑問《ぎもん》の空襲《くうしゅう》

 曾呂利が、医務室につれこまれるところを、ちょうどそこを通りかかった房枝が、見かけた。
「まあ、曾呂利さん。足のわるいのに、ひとりで出かけたりするから、また、どうかしたんだわ」と、つづいて、彼女も、曾呂利のあとから、医務室に入った。
 曾呂利は、診察用の肘《ひじ》かけ椅子に、腰をかけさせられていた。
 船医が、すぐやってきて、曾呂利が痛みを訴《うった》える後頭部をかんたんに診察した。
「なあに、大したことはありませんよ。湿布《しっぷ》してあげましょう」
 船医は、看護婦を呼んで、湿布のことを命じているとき、入口の扉をあけて、船長が入ってきた。
「やあ、ドクトル。赤石《あかいし》は、その後、どうです」
 赤石とは、れいの爆発事件のとき、甲板でたおれた船員の名だ。
「やあ、船長。赤石君は、奥に寝かせてあるが、もうすこし様子を見ないと、なんともいえませんねえ」
「うむ、
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