花にもましてうつくしく見えた。
 彦田博士の極東薬品株式会社の前でも、この花と少女のトラックは止まった。そして、一番見ごとな花籠が贈られた。
 社長の彦田博士は現れなかったが、副社長以下の幹部が、門前に総出となって、花の慰問隊を出迎えた。
 房枝たちが、その花籠を贈呈《ぞうてい》している途中で、会社の玄関から、一人の上品な夫人が現れた。その夫人こそ、彦田博士の夫人道子であったが、夫人は、目のさめるような大花籠にしばらく気をうばわれ、たたずんでいるうちに、さっと驚きの色が浮かんだ。それは、思いがけない房枝の姿を見つけたからであった。
「まあ、あなたは房枝さんでしょう。まあまあ、房枝さんでしたわね。よくきてくだすったのね。こんなところでお目にかかれるなんて」
 夫人は、房枝のそばへ駈けよって、うれしさのあまり、ついに声が出なくなったほどであった。
「奥様は、どうして、こんなところに」
 挨拶がすんでから、房枝が、ふしぎそうにたずねた。
「ああ、そのことですの。実は、この工場は、私の主人が建てて、社長をしていますのよ」
「御主人?」
「そうですの。彦田と申します」
「あ、彦田博士! まあ、そうでしたか。すると奥様は、彦田博士の御夫人でいらっしゃつたのですねえ。まあ、目と鼻にいましたのに、すこしも気がつきませんでしたわ。こんないい工場、そしてあんなにりっぱな御主人! 奥様は日本一御幸福ですわねえ」
「そうでもありませんわ、第一、私たち二人きりで子供がありませんもの。こんな不幸なことはありませんわ。まあとにかく、皆さんこっちへお入りになって、しばらく、休んでいってくださいまし。お茶の用意をしてございますから」
 道子夫人は、そういって、房枝たちを工場の応接室へ案内した。そこには、心づくしのお菓子と茶が並べられてあった。
 房枝は、その厚意に感激しながら、夫人のそばで茶を御馳走になった。
「房枝さん。いつも私が、お話したいと思いますが[#「いつも私が、お話したいと思いますが」はママ]、むかし、主人との間には、一人のかわいい女の子がいましたのよ」
「そのようなお話を伺いました。で、そのお嬢さまは、どうなすったのでございます」
「おはずかしい身の上ばなしになりますが、その当時、研究狂といわれた主人と私はその日の食べものにも困り、そのうえ私が病気になってしまい、一家はどん底の暗黒にお
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