背中の無電機から出しているはずの電波がとまっていた。
(無駄なお喋りをしていたんだな)
と、気がついて、幾度《いくたび》もスイッチを入れ直してみたが、機械はもう役に立たなかった。いつの間にやら、故障になっていたのである。
「中尉どの。無電機が……」
と、モグラ下士が、叫んだとき、その声を、おさえるようにカモシカ中尉が、彼の腕をつよくつかんだ。
「おい、あれを見ろ。第一要塞は、とくの昔に敵に、占領されていたんだ」
「えっ、占領されましたか」
「ああ、あれを見ろ。要塞の上に、敵の旗が、ひらひらと、はためいているぞ」
「どこです。闇夜に、要塞の上にたった旗が見えるのですか」
「見えるじゃないか。もっと、こっちへ寄ってみろ」
カモシカ中尉にいわれて、モグラ下士がその方へ頭を寄せてみると、なるほど、おどろいたことに、要塞のうえに、旗が見える。しかも、その旗には骸骨《がいこつ》の印がついているのが、はっきり見えた。
「あっ、骸骨の旗! あれは、アカグマ軍には見当らない旗印ですね。一体どこの国の旗ですかねえ」
「さあ、おれにも分らない」
と、中尉は、吐き出すようにいったが、
「だが、あの旗が、怪物隊のものであることは、はっきりわかるじゃないか」
「そうですかねえ。なぜですか、それは……」
「なぜって、あの旗も、蛍光を放っているじゃないか。怪物の身体も、あのとおり、蛍光を放っている。だから、あの旗は、あの怪物どもの旗だということが、すぐ諒解できるじゃないか」
「な、なるほど」
そういっているとき、中尉は、おどろきの声をあげた。
「あっ、怪物どもが、こっちへ向って歩きだした。おれたちを見つけたのかもしれんわい、早く、おれたちは死骸の真似《まね》をするんだ」
怪物隊は、何思ったかぞろぞろと、中尉の方へ歩いてくる。
女大使の身辺
第一岬要塞は、怪兵団のために占領せられてしまった!
その飛報は、スターベア大総督を、椅子のうえから飛びあがらせるほどひどく愕《おどろ》かせた。
大総督は、直ちにエレベーターを利用して、地下二〇〇|米《メートル》の本営第〇号室に入った。
そこは、ものすごいほど複雑な機械類にとり囲まれた密室だった。
潜水艦の司令塔を、もっと複雑に、そして五、六十倍も拡大したような部屋であった。電源もあれば、通信機も揃《そろ》っているし、敵弾の防禦壁も完備していたし、地上及び地下における火器の照準や発射を司《つかさど》る操縦装置も、ここに集まっていた。通風機、食糧庫、弾薬庫も、その真下に、相当広い面積を占めていた。だから、万一、地上が悉《ことごと》く敵の手におちようとも、この地下本営一帯は、大要塞として独立し、侵入軍との間に、火の出るような攻防戦が出来ることは勿論《もちろん》、長期の籠城《ろうじょう》にも耐え、本国のレッド宮殿との連絡も取れ、ワシリンリン大帝とも電話で話ができるように構築されてあった。その昔のマジノ要塞にしても、ジークフリード要塞にしても、このアカグマ地下本営にくらべると、玩具《がんぐ》のようなものだった。
スターベア大総督のかけている椅子の前には、映画館の飾窓《かざりまど》にスチール写真が縦横に三十枚も四十枚も貼りつけてあるように、さまざまな写真が貼り出してあった。
いや、それは只《ただ》の写真ではなかった。どの写真も、しきりに動いていた。多くは風景のようなものがうつっていたが、部屋の中の写真もあった。いずれも皆、映画のように動いていた。
映画ではない、テレビジョンである!
地上と地下とを問わず、戦場と味方の陣営とを問わず、重要な地点において現在どんな事件が起っているかは、すべてこのテレビジョンによって明かにされていた。
中には戦場を疾駆《しっく》する戦車の中から、外をうつしているのもあって、ときどき、スクリーンが、ぱっと赤くなって、何にも見えなくなることがあったが、それは、そのテレビジョン送影機を積んだ戦車が、敵の爆弾か砲弾にやっつけられて、テレビジョンの機械もろとも、粉砕してしまうためだった。
赤外線を利用しているので、テレビジョンのスクリーンを通じて、夜の戦場が、昼間とまったく違わないほど明るく見えていた。
そのテレビジョンは、同時に、無線電話装置も持っていて、スターベア大総督は、スクリーンの上の人物と話をすることも出来るのであった。
いま大総督は、スクリーンにうつったZ軍司令官と、重大な会話をとりかわしている。
「なんじゃ、なんじゃ、なんじゃ」
と大総督の機嫌は、はなはだ斜めであった。
「はあ、はあ、はあ」
Z軍団司令官は、ただもう恐れ入っている。
「貴官を頼みにしていたばかりに、作戦計画は根柢《こんてい》から、ひっくりかえった。第一岬要塞が奪還できなければ、貴官は当然死刑だ。どうするつもりじゃ」
「はあ、もう一戦、やってみます。が、なにしろ、敵は何国の軍隊ともしれず、それに中々|手剛《てごわ》いのであります」
「あの、骸骨の旗印からして、何国軍だか、見当がつかないのか」
「はあ、骸骨軍という軍隊は、いかなる軍事年鑑にも出ていませんので……」
「そりゃ分っとる。しかし、何かの節から、何処《どこ》の軍隊ぐらいの推定はつくであろうが……」
「はあ」
と、スクリーンのうえのZ軍団司令官は、女のように、もじもじと身体をくねらせていたがやがて大決心をしたという顔付になって、
「大総督閣下。では、小官から一つのお願いをいたします」
「願い? 誰が今、貴官の願いなどを、聞いてやろうといったか」
「いえ、いえ。閣下のおたずねの件を、小官のお願いの形式によって、申し述べます。でないと、万一、間違った意見を述べましたため、銃殺にあいましては、小官は迷惑をいたしますので……」
「ふん、小心な奴じゃ。じゃあ、よろしい。貴官の希望するところを申し述べてみろ」
「はい、ありがとうございます」
と、司令官は、うれしそうに、スクリーンの中から、ぴょこんとお辞儀《じぎ》をして、
「では、早速申上げます。小官のお願いの件は、こういうことでございます。どうか、閣下の御命令によりまして、キンギン国の女大使ゴールド女史の身辺を御探偵ねがいたいのであります」
「なに、ゴールド大使の身辺を探れというのか。それはまた、妙なことをいい出したものじゃ」
と、大総督は、太い髭《ひげ》を左右へ引張って、首をふったが、
「よろしい、その願いは聞き届けた。早速しらべさせて貴官にも報告しよう。もう、下ってよろしい」
スイッチは切られ、司令官の姿は、スクリーンから消えた。
とたんに、別のスイッチが入れられ、秘密警察隊の司令官ハヤブサに、ゴールド大使の身辺調査の命令が与えられた。
「ああ閣下。ゴールド大使の身辺は、只今、隊員をして監視中でございます。なにしろ、この前のお叱りもありましたので、あれから直《す》ぐ、ゴールド大使に、わが腕利《うでき》きの憲兵をつけてこざいます」
「そうか、それは出来が悪くないぞ。では、すぐ報告ができるだろうな」
「はい、それは勿論、出来ます。では、直ちに、かの憲兵の持っている携帯テレビジョンからの電流を、閣下の方へ切りかえます」
「そうしてくれ。早くやるんだぞ」
「はあ」
声の終るか終らないうちに、スターベア大総督の前の、別のスクリーンのうえに、キンギン国大使ゴールド女史の居間がうつりだした。
女史は、只一人居間にいて、テーブルのうえで、なにか丸いものを、しきりにいじくりまわしている。
「おい、大使は、何をいじくりまわしているんだ」
と、大総督が、スクリーンの中のハヤブサに訊《き》いた。
「えへへへ。女大使が手に持っていますのは、彼女の例の義眼でございますよ」
「なに、義眼? ああ、そうか。義眼を手に持って何をしているのかね」
重大報告
ここは、大洋を距《へだ》てたキンギン民主国であった。
「長官。では、幕僚会議の準備ができましたから、どうぞ」
「おお、そうか」
戦争長官ラヂウム元帥《げんすい》は、自分の机のうえに足をあげて、動物漫画の本を読んでいたが、ここで、残念そうに、ぱたりと頁《ページ》を閉じた。
「一体、今は、何時かね」
「ちょうど、十三時でございます」
声はするが、副官の姿は見えない。その声は、机の上においた水仙の花壜《かびん》の中から、聞えてくるのであった。花壜の高声器だ。
十三時というと、午後一時のことであったが、ラヂウム元帥の自室はさんさんと白光があたって、春のような暖かさであった。
「うむ、あと一時間すると、わしは家内と食事をすることになっているから、それまでに、会議を片づけてしまわないと困るんだ。じゃあ、早く階上へやってくれ」
「はい、では会議のあります第十九階へ、移動いたします」
「うむ、早くやれ!」
元帥は、椅子にふんぞりかえったまま、副官に対し、早く第十九階の会議室へやれと、いそがした。昔の人が、この会話をきいたら、元帥は気がちがっているのだと思うであろう。椅子に根の生《は》えたように腰を下ろしながら、早くやれといっても、やりようがないではないか。
いや、そうでもない。やりようはたしかにあるのだった。なぜなればとつぜん元帥の机上にある電気時計のような形をした段数計の指針が、二十四のところから、二十三、二十二と、数のすくない方へうごきだした。
階数が、だんだん減っていくのだ。ということは、元帥のいる部屋が、まるでエレベーターのように、上へのぼっていくのであった。もちろん、ここは地下建築なのであるから、上へいくほど、階数は減る。として、ついに第十九階へのぼった。
すると、壁が、どしんと、下に落ちた。向うの部屋が、見とおしになった。
向うの部屋は、まるで幅の広い階段に、人間の首を植たように、二十近い首が並んで、こっちを向いていた。そして、一せいに、目をぱちぱちとやった。それは、元帥に対する敬礼であったのだ。
「やあ」
と、元帥は、ゆったりした言葉で、答礼をした。
「では、諸君。会議をはじめる」
と、元帥は、開会を宣した。階段に生えたたくさんの首と会議をはじめるなんて、変な光景であった。
そのたくさんの首は、いずれも薄眼《うすめ》をひらいて、元帥の言葉を、しずかに待ちうけているようであった。
そのとき、突然、また例の副官の声が、聞えた。
「長官に申上げます。只今、第四参謀が盲腸炎で入院し、直ちに開腹手術をいたしますそうです」
「なに、第四参謀が……」
「そうであります。それで、第四参謀は会議を失礼したいと、申して参りましたがどういたしましょう」
「盲腸炎なら、仕方がない。会議から退いてよろしいが、彼に、よくいって置け、盲腸などは、子供のとき取って置くものじゃ。つけて置くから、折角の重要会議に役に立たんじゃないかといっておけ」
「はい。そう申します」
「第四参謀は、下ってよろしい」
長官ラヂウム元帥が、そういうと、がたんという音がして階段に生えていた首の一つが、その場に前に倒れた。見るとその首は、本物の首ではなく、作り首だった。それは首からうえの作り物であった。そして、一種の電話機であったのだ。
つまり首のその本人は、元帥の前にいないのである。遠くにいるのだった。ただ、彼を代表する電話機だけが、首の形をして、ラヂウム元帥の前に並んでいたのだ。昔は、会議をするときには、方々から参謀が参集したものである。今は、勝手な場所にいて、ただ、自分が背負っている携帯無電機のスイッチを入れると、今元帥の前の作り首が、むっくり起き上る。これが(はい、電話で、お話を聞いていますよ)という信号なのである。
ラヂウム元帥は、そういう作り首に向って、会議を宣言したのだ。
「……只今、イネ州駐在のゴールド大使より、非常警報が届いた。アカグマ国の軍隊は、続々集結している。また予備兵たちへは、動員令が発せられたそうである。彼等は、はりきって、すでに発砲している。第一岬附近は、戦場のようだ。国軍はしきりに東方へ向って、移動を開始し、イネ州の東海
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