じゃあ、一体敵は、どこのどいつだろうかしらん」
「それは、おれの方で、たずねているのじゃないか」
 兵士たちは、とりどりの噂をしている。彼等は、まさか大総督が、太青洋を距《へだ》てたキンギン国を疑っているのだとは、想像もしていなかった。事実、今日まで両国の間には、別に問題になるような事件がなかったのである。
 カモシカ中尉は、若い将校であった。年齢は、わずか十八であったが、頭脳もよかったし、学科の点も、練兵の成績もよかったので、中尉に任ぜられていた。彼もいま一隊の歩兵を率いて、第一岬要塞の附近に陣取って、見えない敵を睨《にら》んでいた。
「おい、通信兵。まだ本営からの命令は来ないか」
 すると、中尉の傍《そば》についていた通信兵が、背中に負うた受信機を、重そうにゆすぶり直して、
「はい、まだ、何にも伝達がありません」と、答えた。
「どうも、遅いなあ。敵が何者であるぐらいのことは、早く示してもらわないと隊を指揮するのに困る」
 彼は、口をへの字に結んで、冷いトーチカのうえに、両腕をのせた。
 そのとき、どこからか、低い呻《うな》りをきいたように思った。
「隊長。本営からの命令です」
「なにッ、早くいえ!」
 そういう間にも、カモシカ中尉は、怪しい呻りが空中にだんだん大きくなるのを聞きのがさなかった。
「本営命令。敵はキンギン国なり。キンギン国の進攻命令をつたうる電波は、空中に次々に放送されつつあり。やがて海上に敵艦隊は姿を現わさん。敵の攻撃は第一岬要塞附近に集中せられ、強行上陸を企《くわだ》つるものと思わる。依《よ》って、わが軍は、全力をあげて守備を固くし、敵を撃退すべし」
 通信兵は、耳に入る本営からの命令を復唱した。そして、一方の手をつかって、巧みにそれを録音した。中尉からの命令があり次第、すぐにも全軍に、それを放送する準備のためであった。
「ふーむ、敵はキンギン国か、畜生!」
 と、カモシカ中尉は、鎧をぽんぽんと叩いて、怒りのこえをあげた。
「中尉どの。これを全軍に伝えますか」
「うむ。敵はキンギン国なり。わが軍は、全力をあげて、守備を固くし、敵を撃退すべし――というところだけを、放送せい」
「はい」
 そういっているうちに、例の怪しい呻りは、急に頭上にさし迫ってきた。
「あの呻りは?」
 と、カモシカ中尉が叫んだ。


   火の海

 とつぜん、眼がくらくら
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