どこから得たか、田虫まで背負ひこんで、身體の方々に赤い輪が出來てゐた。さういふ状態で鹽湯につかるのは樂なことではなかつた。
 序でだから言ふが、この頑固な皮膚病も内地へ着いて四五日温泉に入つたりなぞしてゐると、けろけろつと治つてしまつた。
 軍艦にはバスがある。われわれは士官用のバスに入つた。毎日缺かさず入つたが、有難いことに眞水の風呂であつた。但しバスの中に入つてをる湯の分量は非常に少い。身體を横にして湯が僅に股の上に來るくらゐであつた。だから全身をつけるといふやうなことは出來ない。手で以て盛んにこの水を掻き廻して身體中にかけるより仕方がないのだ。又バスの中の湯は確に湯ではあるけれども、温度が低くて、中へ入るとひやりと冷い感じがした。
 バスの外にパイプが引いてあつて、これから使ひ水が出る。この使ひ水の方がよつぽど熱かつた。これは嚴重な制限があつて、小桶に三杯以上は使へない。この水が蒸溜水であるとは豫ねて知つてゐたから、餘計に水が尊くなる。
 汽船の中ではそれ程にも感じなかつたけれども、軍艦の中ではどんなことがあつてもその規約を守らなければならぬと思つたので、私は色々氣を使つて、制限内の水でうまく身體を洗ふことにした。氣を付けてやれば決して出來ないことではないのだ。しまひには二杯ぐらゐの水で、身體を石鹸まで附けて淨めることが出來るやうになつた。
 洗濯もこのバスの中でよくやつた。それにしてもあと一杯ぐらゐの水で充分洗濯が出來る。身體を洗ふ前に先づ洗濯すべきものを順々に重ねて置いて、それからその上に立上つて、身體を洗ふ爲に石鹸をなすり附ける。それから手拭でごしごし石鹸を揉んで身體を洗ふ。その石鹸水が身體を傳つて段々足から洗濯ものの上に落ちて滲み込んでいく。
 かうすると身體を洗ふ爲の石鹸は石鹸水となつて洗濯ものをたつぷりうるほす。身體を洗ひ終つたら愈々洗濯にかかるわけだが、洗濯ものはさつき言つたやうにすつかり石鹸で濡れてゐる。一番上にある洗濯ものを兩手でごしごし揉む。その時に石鹸の泡が立つて下に落ちるが、それは石鹸水がこれから洗濯する汚れものの上に落ちるのである。
 かうして次々に洗濯ものを揉んでいけば、最後まで石鹸水は、たつぷり汚れものに滲み亘るわけだから、石鹸も節約出來るし、水も節約出來る。
 かうして置いてあとは充分絞つて石鹸水を切り、最後に桶の中に入れて水で
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