似合わん、えらく気が大きいじゃないかい」
「博士《せんせい》、わしの報復《ほうふく》成《な》るかどうかという瀬戸際《せとぎわ》なんです。あに真剣にならざるを得《え》んやです」
「そうか。なら、よろしい。ちょっとここに出してみようか」
「あ、待ってください。それはあぶない。ここで出されたんでは、私が死んでしまうじゃないですか。そればかりは遠慮します」
「なにをうろたえとるか。出すといっても、本当の毒瓦斯を出すとはいっておらん。こういう毒瓦斯があるという話をしようかという意味でいったのじゃ」
「ああ、そうでしたか。やれやれ安心しました。とにかく博士《せんせい》と来たら、興《きょう》が乗れば、敵と味方との区別なんかもう滅茶苦茶《めちゃくちゃ》で、科学の力を残酷《ざんこく》に発揮せられますからなあ。これまでに私は、博士のそのやり方で、ずいぶんにがい体験を経《へ》て来たもんです」
「醤よ、科学は残酷なものじゃよ。わしはそう思っとる。だから人間は出来るだけ早く科学を征服しなければならないのじゃ。ドイツに於ては――」
「博士、ドイツの話はもう沢山です。それで私のお願いは、ここに立っている腹心《ふくしん》の部下で、新たに毒瓦斯発明官に任じました燻精を一週間だけお預けいたしますから、その期間にこの男に対し、新毒瓦斯研究の方針とか企画とか設備とか経費とか、ありとあらゆることを吹きこんでいただきたい。私は、この男の帰還を待って、早速《さっそく》全世界|覆滅《ふくめつ》の毒瓦斯を発明する鬼と化《か》して、全力をあげ全財産を抛《な》げうって発明官と一緒にやるつもりです」
醤は、満天の星を吸いこもうとするのではないかと思われるような大口をあいて、芝居気たっぷりに、途方もない重大決意を喚《わめ》き散らしたのであった。
「ええ加減にしろ。大言《たいげん》よりは、ウィスキーじゃ。ペパミントじゃ」
金博士が、醤に負けないような大きな声を出し、怒《おこ》った蟷螂《かまきり》のような恰好《かっこう》で、拳固《げんこ》で天をつきあげた。
3
博士の例の地下研究所の一室において、白い実験衣《じっけんい》を着た金博士と発明官|燻精《くんせい》とが向きあっていた。
二人は、手に手に盃《さかずき》を持っている。
実験台の上には、いろんな形をした洋酒の壜が、所も狭く並んでいる。
博士は盃
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