、外科手術というものがよほど進歩して、人間の腕の移殖が出来るようになる日を待つしかないと、出来ない相談じゃありませんか」
「ばかな!」
 と、客は怒鳴って、獣のような顔をした。
「あんたは、弁理土じゃないか。誰が、あんたに、外科手術のことを相談しました」
「しかし、腕をもう一本殖やすなんて、あまり非常識なお話ですからなあ、いや、あなたの発明に対する熱情はよく分りますが……」
「実に、愚劣きわまる話だ」
 と、客はなおも憤慨して、
「外科手術を使うなら、それは医学ではないか。拙者の相談しているのは、発明だ。拙者が、もう一本殖やすといっているのは血の通った腕ではないのだ。機械的な腕だ」
「機械的な腕?」
「そうさ。そんなことは、最初から分っとる話だ。生まな腕を手術で植えるのならあんたのところへは来ない。大学病院へいって相談しますよ。大学病院へいって……。拙者のいうのは、機械的な腕の話だ。今までにも、ちゃんとそういう機械的な腕なら、出来ているじゃないか。義足とか義手とかいっているあれだ」
「ああ、あれのことですか、義手ですね」
 余は、ようやく、この客の真意を呑みこむことが出来た。
「しかし先生」
 と、こんどはまた先生になって、
「厳密にいえば、いわゆる義手というのは、手が、一本無くなったとか二本無くなったとかいう場合に、代わりにつけるのが義手である。拙者の発明のは、そうじゃない。二本の腕は、ちゃんと満足に揃っているが、その上にもう一本、機械的な腕をつけて、都合三本の腕を人間に持たせようというのだ。これまでに、世界のどこに人間に三本の腕を持たせようと考えたものがいるか。そんな話を聞いたことがない。公知文献があるなら、ここへ出してごらんなさい。そんなものは無いでしょうがね」
「なるほど、なるほど」
 余は、ついにそういわなければならない羽目になった。
 客は、余が納得したのを見ると、ぜひこれを至急出願してくれといって、余の前に、出願手数料及び特許局へ納付すべき出願印紙料として、封筒に入った金を置いた。そして、余が、その金は、まあ待ってくれというのを、彼は振り切るようにして余に押しつけて、帰っていった。
 さあ、金が入ったぞ。いくら置いていったかなと、余は、恥かしい次第ながら、その封筒に手をかけたとき、あわただしく入口の扉があいて、その客――田方堂十郎氏が舞い戻ってきた。

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