て狙わなくとも、他の方法で観測した結果により、目標を見ずともうまく照準をつけることができるわけだった。ああしかし、この恐るべき攻城砲が亜鉛《トタン》屋根の下に隠されているなんてことを、誰が知っているだろうか。
 なんとかしてこの大秘密を知らせる方法はないものか。五郎造はもう自分の生命のことなどは思いあきらめた。
 そのときであった。
 奥まった扉ががらっと開かれると、顔を真青《まっさお》にした某大国士官が、一隊の兵士を連れてとびこんできた。
「大佐どの、大変であります。いま九機から成る日本の重爆《じゅうばく》が現れて上空を旋回しています。どうやらこの攻城堡塁《こうじょうほうるい》が気づかれたようですぞ」
「なに、重爆が旋回飛行をやっているって? それは本当のことか」
「本当ですとも。ああ、あのとおり聞えるではありませんか、敵機の爆音が……」
「うむ、なるほど。これはいけない。東京要塞長はどこにいられるだろう。すぐ指揮を仰がねばならぬ」
 そういっているところへ、けたたましい電話のベルが鳴った。
 大佐といわれた士官はその方へ飛びついていったが、受話器を握って大声に喚《わめ》いた。
「――はっ、そうでありますか。こっちの用意は出来ています。いつでも発射できます。はっ、すぐ攻撃しろと仰有《おっしゃ》るのですか。畏りました。では号令をかけます」
 大佐は電話を置くと、隊員の方を向いて、
「気をつけ。――総員、戦闘準備。主砲発射|方《かた》用意!」
 いよいよ悪魔のような巨砲が、わが日本帝国の心臓部めがけて砲撃を始めることとなった。五郎造はもう逆上《ぎゃくじょう》してしまった。いきなり兵をかきのけて、砲架《ほうか》によじのぼろうとした。
「こら、なにをする」
 どーんと一発、傍にいる下士官のピストルから煙が出た。五郎造は棒のようになって、砲架から転げおちた。
 恐怖の瞬間は迫る。――
 しかしもうそれ以上、この物語をつづける必要はない。なぜなれば、その次の瞬間百雷が一時に落ちて砕《くだ》けるような大爆音がこの室に起った。亜鉛《トタン》屋根を抜けて真赤な焔の幕が舞い下りたと思った刹那《せつな》、砲身も兵も建物も、がーんばりばりと大空に吹きあげられてしまったから。
 東京市民は、近きも遠きも、この時ならぬ空爆に屋外にとびだして、曇った雪空に何十丈ともしれぬ真黒な煙の柱がむくむく
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