巾を脱ごうとしても脱げない道理だった。
 それが済むと、帆村たちは箱型トラックの中に手を執《と》って入れられた。扉がぴちんとしまって、中から鍵がかかる。誰か一人、傭主《やといぬし》の側の番人が乗りこんでゆくらしい。誰も物を云う者がない。
 そのうちに、倉庫の戸がぎいぎいと開く音が聞え、それとともにトラックは徐々《じょじょ》に動きだした。いよいよ秘密の場所への旅行が始まったわけであった。
 ごとんごとんと揺《ゆ》られながら、帆村はトラックの通りゆく道筋を、一生懸命に暗記しようとつとめた。
 右か左かへ曲ると、慣性の理によって、どっちかへ身体がぐぐっと圧《お》されるので、それとわかった。
 狭い道では、車はごとごととしきりに揺れたし、広い道へ出ると、すうすうと滑るように走った。
 しかし運転手は非常に気をつけているようで、しばらくゆくとスピードが殆んど一定となり、道を曲ることさえなくなった。もちろん十字路のストップは一度も喰《く》わなかった。なんだか郊外の方へ一本道にずんずんと進んでゆくように感ぜられたが、そのうちに数台の消防自動車のサイレンが喧《やかま》しく街を走っているのが聞えたので、ここはやはり東京市内だなと思った。
 それからまだ小一時間もトラックはごとごとと走った揚句《あげく》、ごろごろと下り坂を下りてゆくような気がしたと思ったら、やがて車はごとんと停った。
 これでいよいよ一時間半の長い旅行を終ったのである。ここは何処であるのか、帆村には一向見当がつかなかった。道順も始めのうちは覚えていたが、途中から皆目《かいもく》わからなくなった。
 一行はトラックの中から、そろそろと下に下りた。長い廊下を手を引き合って歩いてゆくと、やがて扉の明く音がして、一行はまたその中に導き入れられた。すると一緒についてきた番人が、頭巾の錠をがちゃんがちゃんと外《はず》してくれた。帆村は頭巾をかなぐり脱ぐと、深い息をしながら、あたりを見廻した。
(なるほど、ここだ。あの聴取書に書いてあった三百坪の天井の高い工場とはここのことをいうのだな)
 話にあったとおり窓が一つもない。電灯は煌々《こうこう》とついていて昼間のように明るいが、ここにいたのでは昼だか夜だか分らない。
 五郎造は引率《いんそつ》してきた五人の左官を呼びあつめると、今日の仕事の分担をそれぞれ云い渡した。そしてすぐさま仕事
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