ではありませんか。リント少将には、なんとかあとでいいわけをすることにして、せめて吹雪のやむまで、船を流すことにしては」
「もう、それは、おそい。リント少将は、大きな賭《かけ》をしているのだ。大アメリカ連邦のために、この大きな賭をしているのだ。われわれもまた、この大きな賭に加わらなければならない。なぜならば……」
「あっ、船長、氷山が……」
「うん、しまった。――無電で、リント少将へ……」
 船長の、悲痛なさけびがおわるか終らないうちに、船の舳《へさき》に、とつぜん山のような氷のかたまりがゆらぐのが見えた。とたんに、大音響とともに、船上にいた乗組員たちは、いっせいに、ばたばたとたおれた。
 警笛《けいてき》が、はげしく鳴った。
 アーク号は、めりめりと音をたてて氷山のうえにのしあげた。
 機関がさけたのであろうか、舷側《げんそく》から、白いスチームが、もうもうとふきだした。
「全員、甲板《かんぱん》へ!」
 吹雪する甲板に、乗組員はとびだした。たたきつけるような氷の風だった。たちまち四五人が、つるつるとすべって、海へおちた。
 無名突撃隊の部屋にも、いちはやく警報がつたわった。
 おどろいたのは、隊員だった。
「氷山と衝突した。全員、甲板へ!」
 氷山というのさえ、思いがけないのに、その氷山と衝突して、船は沈みかかっているのであった。
 隊員たちは、さっきすこし寒くなったから、汽船は、ニューファウンドランド沖を、加奈陀《カナダ》の方へ北航しかかったのだろうぐらいに思っていたのであった。
「なんだ、もうベーリング海峡へ来ていたのか」
 ベーリング海峡ではない。それと反対の方向の南極のそば近くへ来ていたのである。
 無名突撃隊をひきいるカールトン中尉は、衝突のときに、はげしく頭部を鉄扉《てっぴ》にぶっつけて、重傷を負っていた。だが、彼はさすがに軍人であった。すぐさまカーテンをさいて、たくましい鉢巻をすると、隊員たちに向って叫んだ。
「皆、おちつくんだ。ここは南極に程近いが、やがてリント少将が、救援隊をよこしてくれるだろう」
「えっ、南極?」
「そうだ、もういっても遅いが南極こそ、われわれ無名突撃隊の目的地だったんだ。われわれは、リント少将の指導下に入って、はじめて、行動の命令をうけるはずであったのだ。それから、われわれは……」
「おーい、ボートはこっちだ。無名突撃隊! 早く、こっちへ来い!」
 中尉の言葉は途中で切られた。
 隊員は、傾いた甲板をすべりながら、われがちに、ボートの方へ走っていった。
「おちつけ! そのうちに、救助隊が、きっとやってくるぞ!」
 吹雪の中に、中尉の声は、ともすれば、うち消された。
 そのうちに、不幸な事がおこった。
 それは、とつぜん、船内から爆発が起ったことであった。ボイラーの中に冷い海水がとびこんだため、爆発が起ったらしい。
 船は、どーんと、はげしくゆれながら、そのたびに傾斜度《けいしゃど》が加わった。
 ピート一等兵は、パイ軍曹とともに、最後に部屋をでた。彼等二人は、一度部屋を出かけたが、外は吹雪と知って、直ちに引きかえして、防寒服《ぼうかんふく》を出しにかかったのであった。日頃の訓練が、この非常時に、役に立ったのであった。
「パイ軍曹どの。なかなか壮観でありますな」
「なにィ、おい、お前は、くそおちつきに、おちついているじゃないか。われわれは、ここで死ぬかもしれないんだぞ」
「一度死ねば、二度と死にませんよ。ゆるゆるとこの千載一遇《せんざいいちぐう》の壮観を見物しておくのですな」
「ふん、お前と話をしていると、わしは、コーヒーでもわかしてのみたくなるよ」
 そういうパイ軍曹も、あわてている方ではなかった。


   沈没《ちんぼつ》迫る


 アーク号の甲板は、刻々に傾斜を増していく。もうこの船は、あと五分と、もたないで、海面下に姿を没してしまうであろうと思われた。そのうえ、意地わるく、大吹雪は、いよいよ猛烈にふきつのって、甲板を、右往左往する人々の呼吸を止めんばかり――。
「おい、ボートはもう一ぱいだ。おれたちは、はいれやしない。ど、どうなるんだろうか」
「うん、仕方がない。艫《とも》の方へいって、さがしてみろ。わりこめる席があるかもしれない」
「だめだだめだ。舳《へさき》の方をさがせ。艫の方はボートごと、ひっくりかえって、たいへんなさわぎだ」
 人々は、なんとかして、ボートの中に、空《あ》いた場所をみつけて、一命を助かりたいものだと、まるで喧嘩《けんか》のようなさわぎであった。
 パイ軍曹は、唇のうえに鉛筆で引いたようなほそい口髭《くちひげ》をひねりながら、大兵のピート一等兵を見上げ、
「おい、ピート。ボートはもう駄目らしい。お前は、あの冷い南氷洋で競泳する覚悟ができているかね」
「わしは
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